自分の声で歌う

たまに、調子が良くなる。でも、そこからまた頻繁に調子が悪くなる。一日の内にこのサイクルが何度か来るときは、自分の精神がよろしくない時だと分かる。

 何度もあるそれ。なんとかしてそれから抜け出そうとか誤魔化そうとかしていたけれど、それは簡単にはできない。何かの力を借りてそれをするのは、もう嫌になってきた。自分の力で、ゆるりと生きていけたら。

 

 なんてこと、俺には無理なのかもしれない。などと、繰り返しの中で思うのだが、どうせ死んだら終わりだし、時間は減って行って、何かできるのが今なのかもしれないし、なんて考えに行き当たると妙な前向きさが出てくる時がある。

 好きとか嫌いとか、憎しみとか受容から逃げるなよ俺。って、中学生みたいですね。中学生から成長しないまま老いて行ってるんですね嫌になるけれどさすがに慣れてきてるんだマジで。

 ネットで知り合って、たまにメッセージを交換する友人が誕生日を迎えた。彼は音楽が好きで、きっと文学も好きで、カラオケが好きだ。近場だったら遊びに行きたいところだけれど、生憎彼は少し離れた県に住んでいた。

 誕生日にお祝いのメッセージと今度カラオケ行きたいっすね、みたいなメッセージを送ると、なんと、彼から休みに東京に来るという返事をもらった。

 嬉しさと共に、自分が普段旅行とかしないので「時間もお金もかかるのにいいのか?」みたいな気持ちが生まれるが、行くなら長距離バスを取る、ということで、トントン拍子に話が進み、約束の日は数日後に決まった。

 新宿のバスタ、という所の付近でで待ち合わせをすることになり、NEWoMan隣接の(内部?)バスタ新宿という建物が「バスターミナル新宿」であることに今更気が付いた。

 昼に、彼に会った。お互い初対面で、カラオケに行く、ということ以外決めていなかった。彼が飯を食べていないというので、近くにあったファーストキッチン吉野家どっちに行きます? と尋ねたら、ファーストキッチンを知らないと言われて、何だか新鮮な気持ちになった。そして一緒に吉野家に入った。

 少し、彼と話した。初対面なので全く喋らない、喋れないひとだったらどうしよう、なんて多少の心配があったのだが(しかも彼は他県からわざわざ来てくれているのだ)。少し話が出来てほっとした。

 お互い、親しさとぎこちなさが入り混じった、懐かしくも奇妙な感情。

 ネット上で知り合いになった人と会うと、メッセージでやりとりをしていた感じとは違うことがある。メッセージのやりとりだけでも楽しかったりするけれど、やっぱり俺は相手の顔を見て話す方が好きだし、一緒にいても自然にできるならば、友達、みたいな気がするのだ。

 カラオケ店に入ってフリータイムを頼むと、まさかの満席で時間制限。別の店ではフリータイムをやっていない。別の店ではこんでいるし12月中旬なのに年末料金。

 平日の昼間なのに。みんな俺みたいに働いてないのだろうか?大丈夫か?(彼は働いている)

 何件もカラオケ店を回って、仕方がないから歌舞伎町方面に向かうと、見慣れないカラオケ店が目に入った。カラオケにはあまり行かないけれど、カラオケ店の名前は大体知っている。でも、その店は初めて目にした。

 なんかあんまりきれいではない店。とにかく中に入って話を聞くと、新宿でフリータイム1280円。店の内装は小汚く、安すぎて多少不安になりながらも、他を探すのも面倒だし、そこに決めることにした。

 その店には客が順番を待つ用の椅子がなかった。椅子がないカラオケ店があることを知って少し驚いた。部屋も何だか狭いし、空調も悪い。小さな嫌悪と妙なわくわく感が入り混じる。

 

 彼から先に曲を入れた。そういえば彼は、自分の歌い方は独特みたいなことを言っていた気がした。彼の歌を聞いて、その意味がようやく分かった。

 歌がうまい人下手な人。声が出てるとか出てないとか、声真似をしているとか似ているとか。誰かの生歌を聞いたことはそれなりにあるけれど、彼の歌い方は一生懸命だった。

 彼はマイクを握り、身体を縦に揺らし、頭を振りながら大きな声を出して全身で歌っていた。この場所はカラオケボックスだけど、カラオケというよりもまるで彼のライブ会場のようだった。

 こんなに、何かを吐き出すようにカラオケで歌う人に出会ったことはなかった。彼は誰かの作った歌を歌っているけれど、全部彼の全力の歌い方だった。

 彼が歌った曲。 ディル・アン・グレイ  amazarashi  オーラルシガレッツ 凛として時雨 中島みゆき。同じ歌手の曲を何曲も歌った。俺の知らない曲ばかり、彼はへとへとになりながら、力いっぱい歌っていた。

 一方俺はというと、色んな人の歌を歌っていた。彼は中島みゆき以外、ほぼ女性の歌を歌わなかったが、俺は女の子の歌も好きだから半分くらいは女性の歌を歌っていた。

 彼は、多分自分が歌いたい歌を歌っていたような気がした。あ、カラオケってそういうものだってことに今更気が付いた。いや、そんなことは知ってるくせに、ついその場を見て選曲をしていた。

 カラオケだけじゃない。その場を見て、そこそこ大丈夫そうなことばかり選択する癖が染みついている俺。周りに、変な顔をされたくないから。周りと「何か」が起きて欲しくないから。

 彼があまりにも全力だったから、俺も、少し腹から声を出して歌ってみた。俺は彼と違って声量があるわけでもないし、下手な歌手とか雰囲気が魅力の歌手が好きだ。

 でも、大きな声を、自分の声を出す。少し他人の声みたいな、自分の声。それは中々気持ちよい感覚だった。

 高校生の頃ぶりに、ディルアングレイの[KR]Cubeとberryを歌った。ボーカルの京は歌がうまいし、デスボイスが入るから普段のカラオケで歌うことはなかったけれど、久しぶりに歌ったら下手なりになんかノリノリで歌えてしまって楽しかった。

 大きな声を出すって気持ちいいなと思った。カラオケの後で、彼は明日声が出なくなっちゃうと小さく笑った。 

 フリータイムが終わり、バスまで少し時間があったのでcdショップに行く。ディスクユニオンかなーと思ったら、意外にもブックオフ。棚の前で理由が分かった。彼はcdを大量に集めていた。そう、山ほどcdが必要な人は買い過ぎるから、中古で一枚千円以上のcdを片っ端から買うことはできないのだ。あまりにも多くの物が欲しいから、自分の値段の基準以下の物を買うのだ。

 自分が高校生の頃のことを思い出した。その時はipodを持っていなかったし、とにかくcdを買っていた。知らない音楽が山ほどあることが嬉しかった。youtubeなんてなかったけれど、cdショップに行けば世界中の音楽が簡単に手に入るんだ。それはなんて幸せなことなんだろう。

 何度も俺は引っ越しをしたり、金がなくなったり、金がなかったり、家を引き払ったり。色んな物を売り、捨てた。いつからかcdを滅多に買わなくなっていた。少し、彼がうらやましくなった。

 とはいえ、彼だって紆余曲折あって、今の生活があるのだということを、これまでのやりとりから、そして今日歩きながら聞いた。

 失ったことや物。取り戻せるものもあるし、もう難しいこともある。でも、何かに手を伸ばさないことなんてできない。触れるものがないならば、きっと死んでるのと同じだ。

 二人で棚を見ながら、彼と多少好きな歌手がかぶっていることを知る。

ゆらゆら帝国くるりブランキー、ミッシェル、キノコホテル、サカナクション、キートーク

 彼の誕生日ということで、高校の頃(今も)聞いていたcdをあげた。

グレート3 チャラ レイハラカミ 空気公団

 あげてから彼の好みとは少し違ったかなと気づいて、他のをあげればよかったかなと思ったけれど、何だかそれでもいいような気がしてきた。

 あまり深く考えず自分の好きな物をあげる、というのがささやかなプレゼントみたいな気がしてきていたのだ。

 俺はなんだかんだでメロディーが綺麗なのとか陰鬱なのとか、ピコピコキラキラしたポップなのが好き。彼は、ザラザラしたのが、彼や俺が生まれたくらいの邦楽が特に好きらしかった。

 彼はノイズミュージックが好きだと言った。流しっぱなしにした雑音が、ふと、音楽になる瞬間が好きだって。 それは素敵な感性だと思った。ふとした時に、何かの美しさに気づくというのはいいことだなって思う。

 

 彼はカラオケの後夕食を食べる予定だったが、結局二件のブックオフをめぐってめいいっぱい時間を使って、大量のcdを買って帰っていった。

 どこかで彼も、何かを頼りにして頑張っていくのかなと思ったら、俺ももうすこし頑張ってみようかな、なんて考えて。そういうのって、きっといいことなのかなって思って。