人形の恋

様々な物が俺を苛み蝕み、頭も身体も駄目になっていた。生きてはいるが駄目だ駄目なんだでも、駄目になっても生命は続き、俺は俺の処理をしなければならないだって俺の飼い主は俺、なのに俺は自分の身体が自分の所有物とは思えないのだ、とかいういつもの悲喜劇。馬鹿らしい、下らない、のにいつもたいていそうなんだ。

 二月は、十日以上涙が出ていて、バグってる月は二十日以上涙が出るからまだましか、と思うのだが、月に何度も泣いている時点でおかしいはずだし、俺は大抵おかしいのだ。古い機械から油が漏れだすように、だらだらはらはと涙が漏れる。

 こういう時に頼りになるのはお金か友愛なのだけれども、生憎俺はそういう持ち合わせが極めて少なく、だから、小銭を精子を吐き出し、慰め、紛らせ、眠ることが出来たら迎えてしまう朝、お湯をゆっくり嚥下して、手のひらに乗せる錠剤、漢方薬サプリメント、らをぼおっと、目にすると自分がこんな物に振り回されたり慰められたりしているのが癪に障る、のだけれども、助けになるんだ、彼ら。友人やまとまった金が無くても、数百円で数千円で最大限の慰撫を。

 じっと、耐え、それしかないと思い込み、しかし躁転、する(かのような)時の空疎なひらめきと、自死の計画、或いは無駄遣い、そういう物で俺は目隠し。一月と二月、ラグタグオンラインでセールをしていて22回も注文をしていた。欲しくもない服が家にたまり、俺は人に会いに行けるような服がない。というか、本体から交換希望だ。

 他にも多くの物を注文して、消化したい消費したい、なのに身体も心も症状が認められると、ただじっと耐えて小銭稼ぎに向かうだけ、の日々に擦り切れてまた街で小さな散財、ダンボのぬいぐるみを買った。ダンボは割りと好きだが、超好きではない。プーさんとかティガーとか大好きだ。ホント好きだ。家に何人もいるんだ。ダンボは初めて買った、でも、買ったダンボのぬいぐるみは、家にいると超かわいくて、梱包用のしわしわになったビニール袋から出さないで、そっと抱きしめると、愛おしい。何かを愛おしいと思えるならまだ、自分が生きているのだと分かる。

死にたいとか生きたいとか、滅多に考えないでも、忘れたい。多くのことを忘れたいんだ。消え去りたいんだ、だから過剰な誰かが何かが欲しい。

 だから、誰かの言葉が必要で、読みやすい、そこそこ慣れ親しんだ人たちの、再読する多木浩二三島由紀夫夏目漱石生田耕作ボルヘスが死について夢について幻獣について口にするから、俺もほんわかふわふわした気分。

 考え事をしてしまうと、頭を使うと胃腸に刺すような痛み、そして身体の内に無数の球体が生まれるかのような不快感。だから、何も口にしたくないのに、口にしてしまう。チョコレート。食べてしまう。砂糖はスマートドラッグだって、どこかの医師が口にしていて、でも俺にも、

 

結局チョコレートが必要よ
チョコレートが必要よ
あれがないと眠れないの
だからコンビニに行かなくっちゃ
あのコンビニに行かなくっちゃ
最悪な一日の終わりに

 

 futsu no koi

ハンパに高いIQがいつでもいつでも邪魔になって
革命ばかりを夢見るけれども 何も出来ない
悶々として暮らすうちにいつの間にか憶えたことは
自分の手首をちょっと切ること
たった一度だけ恋をした事もあったけど
それはファーストキスの夜に
考えられ得る最悪の結末を迎えた
女なんて

そう僕にはカッターナイフが必要
カッターナイフが必要
自分を切り裂く為に
だからコンビニに行かなくっちゃ
あのコンビニに行かなくっちゃ
二度と恋なんてするもんか

 

 なんて歌う「彼」が、青臭くて愚かで若い彼、傷ついている彼が誰かがいるなら、未だ俺も生きていける、かのような、そう思えるんだ。

 

本当に辛いと何も聞きたくない、けれど無音なんて怖くてたまらない、から結局何かが必要だ。何か、音楽を。

「もっと光を! Mehr Licht! 」と口にした文学者も

「ほら、こうやって人は死んでいくのよ」と口にしたファッションデザイナーも、それが嘘でも本当でも作り話でも意味があっても無くても素敵だし、俺にも慰めが、誰かの音楽が欲しい、しかも簡単に手に入ってしまう。うんざりする。ありがたい。うんざりしてありがたっくって、泣きたくなる。

 

Chocolat & Akito - Tuning-

 陰鬱なファンクなんて、なんて素晴らしいんだろうでも、こんな素敵な曲聞いていると引きこもりになると思うんだ。

05- Side2Side (NYC Ghosts & Flowers)

 ソニックユースの中でも一番好きなアルバム。ポストロックのいいところ、ダウナーでエモーショナルでリリカルでノイジーなところ、全部あると思う。豊かなアルバム、だけどこんなのきいてたら食事したくなくなると思うんだ。

 

Nobukazu Takemura - Milano (Full Album)

 多分、彼はもっと他のアルバムの方がさらに素晴らしい出来だと思うんだけれど、疲れた体にはこのアルバムがいい。優しさが詰まってる。でも、こんなのばかり聞いてたら外に出るのが怖くなっちゃうと思うんだけど。

Chet Baker - But Not For Me

 トランペットの軽薄な音色も甘くて軽薄なボーカルも軽薄な歌詞も好きとしか言いようがない。一家に一つ、チェットベイカー。でも、彼が家にいたら外に出る必要がなくなっちゃうよね。

 

 そんなこんなで小康状態と言葉にしたくない状態を行ったり来たり。自分の人生がこの繰り返しなんだって、質の悪い悪夢、だけれど、これが俺の身体、人生。

 傷口を痛みを上書きすることなんてきっと不可能で、つまり何かで気を紛らせるしかないのだ、と俺は思い込んでいるから何か、が必要なのだけれど、身体がバグってるとそれを摂取することすらできずに、ただ、辛い。

 そしてきっと、この辛さも過去にして、また新しい病に出会う。だから人が人形が必要なんだ。出会わなくっちゃいけないんだ俺。病巣の福袋、卑近伏魔殿。そんなバカげたことを忘れるために。

 忘れるために、何かしら口にする。持ち合わせがなくても、歌詞を口ずさむ。それくらないならできる、それがいい。

 諫山実生 - 月のワルツ

貴方は何処にいるの? 時間の国の迷子
帰り道が 解らないの
待って 待っているのに

 

 なんてかわいらしい歌詞、口にしているうちは俺も人形の、童話の中でまどろむ。まどろみ、少しでも長く眠りたい。