そっと包む、開く

 人に何かをプレゼントするのは、楽しくも悩ましい。そこそこ、或いは人並みに、誰から物をもらった経験があるのだが、自分があげる側になると、どうしても色々と考えが出てきてまとまらない。

 渡すのが楽なのは、その人の好きな物を理解しているとか、趣味や好きな物が多い人。ある程度目星をつけられるし、買う方も楽しい。

 そんな風に若い頃から思っていたのだが、実際に物を渡したときに、あれ、っと感じる時もしばしば。そう、贈り物って、プレゼントする側は色々考えて、喜ばれるはずのものを渡しているんだけれど、でも、実際相手が喜ぶかは全く別の話だ。

 特にあげる経験が少ないうちは、なんだかんだで自分が好きだと素晴らしいと思う物は相手も喜ぶはず、なんてどこかで考えていて、後で思い返すとありゃあねーな。なんて思うこともしばしば。

 だから、何かちょっとした物を渡す時は、消え物を渡すことが多くなった。デパートで買い求めた、数百円から二千円位のものを渡すと、もらって嫌な人の方が少ないはずだ。

 それと、俺は本をとても買うので、人に本をあげることもしばしば。その時に「読み終わったり、趣味じゃなかったら捨てていいからね」と言うようになっていた。勿論、自分が好きな本を渡すのだけれど、相手にとってはそうでもない、というのがとても大きいのが本だ。本って当たり外れが大きい。

 甲斐みのりの『お菓子の包み紙』という、様々なお菓子と、それを包む包装紙やパッケージ、手提げ袋を集めた本がある。見ているだけで幸せになる本。俺もお菓子のパッケージがとても好きなんだ。箱や包み紙込みで、ちょっと値が張るお菓子は素晴らしいと思う。ラデュレは箱代とるけれど、しかたないんだ、かわいいんだから。

 この本で甲斐みのりが「はじめに」で素敵なことを言っている。

 

 

 菓子店や喫茶店を利用すると持ち帰れるマッチや、購入した品を包んでもらえる包み紙……それ自体に値段がつかない物ほど愛おしい。後で調べて、高名な作家がてがけていたことを知り、思わぬ発見に興奮することもあった。

 同時に私が抱いたのは、名もなき職人の手から生み出された生活道具も、美術品に負けない美しさがあると唱えられた「民藝運動」に通ずる思い。まだグラフィックデザイナーやイラストレーターという職業が今ほど一般的でなかった時代、お菓子の包み紙を通して、華やかに愛らしくハレのデザインを手がけたのは、美術が得意な店主や、印刷会社の職人。買う人、受け取る人、味わう人の喜びが、さらに増すように。

 

 この本には多数の、有名なイラストレーターや画家が手掛けたデザインが載っている。同時に素朴なもの、どこかで見かけたもの、普段見慣れてしまったものも、著者の目線で等しく好きなものとして収められている。

 自分の好きな物を、相手の喜ぶ顔を思い浮かべて渡すというのは、素敵なことだと思う。

 幅が広いが、美術系の贈り物って、一見気が利いているようにみえるが、美術にあまり興味がない人には微妙だし、逆に美術がとても好きな人は好き嫌いも大きい人が多いわけで、「でも、趣味じゃないんだ」なんてことになってしまう。

 そんな時、大人でも楽しめるような絵本を渡すことがあった。絵本なら、普通2000円以下で買える。画集や写真集よりも、そこそこお手軽に、しかもそれらよりはコンパクトな、素敵な物が手に入る。

 エロール・ル・カインという絵本作家、イラストレーターがいる。好きな絵本作家で、初めて呼んだ『魔法使いの娘』という絵本がとてもよかった。じっと見つめてしまう、完成度の高い、魅力的な絵。話は分かりやすいけれど、しっかりと筋道が通った、読み終えて充実感を得られる内容。

 大人も楽しめる絵本、なんて手あかがついて気の利かない言葉を想起してしまう。でも、大人も子供も楽しめるというのは、その絵本が真剣に作られているという証拠でもあると思う。

 彼が絵を担当した本を見て行くと、題材に応じて様々な画風を使い分ける才人であることにも気づいた。ファンタジックな絵柄を得意にしていると思うが、それ以外にも『キューピッドとプシケー』のようなモノクロでビアズリーにも通じる官能美。『キャッツ』のようなコミカルな絵柄。『十二支のはなし』のような、オリエンタルな作風。

 たまに絵本を開くと、その贅沢なつくりにはっとすることがある。十数ページで終わってしまうから、すぐに読み終えることができる。でも、その絵が素敵ならば、簡単にそのページをめくることも、また一から物語を楽しむことも容易だ。

 だらだらしているくせに時間がない、なんて思ってしまう俺だけれど、絵本を読んでいる時は、時間がゆっくりと流れているように思えるのだ。ゆったりした時間って、とても愛おしい時間だと思うのだ。

 お世話になった人に、『魔法使いの娘』をあげた。その人はとても喜んでくれた。ほっとして、少し、俺も暖かい気持ちになる。  

 やってないことが多い俺は、常に時間がないんだって思っている。早く終わらせたいんだあれもこれも俺も。でも、静かな時間を自分で作ること、誰かに何かを渡すことを考えると、気持ちが穏やかになる。自分が持ち合わせていないとしても、何かを作り出すことを考える。すると、悪くないんだって、そう思うんだ。