出口のない薔薇

 中々仕事が決まらないというか、とにかく待つ&無視される&不合格、というのが続いているのに、毎日求人情報をチェックしていて、元々良くない精神状態が悪化しまくる。一日の内で寝たり起きたり、最近寝るのが、3、4時位になってしまっていて、とてもよくない。俺なりに頑張っているけど、色々と駄目なんだ俺。

 とはいえ、俺が俺を見捨ててしまったら、あとは野垂れ死にかゆっくりとゆっくりと、時間をかけて野垂れ死に。そんなの嫌だけどさ、疲れたんだ。

 家にこもって、ついついスマホゲープレイ。二回もアンインストールして、三度目の正直、というか、200連ガチャに惹かれて始めた女神転生d2.ライトなノリだが、ペルソナとも違う。というかダークでシリアスな本家との違いに違和感を覚えつつ、最初に大好きなルシファーが出たんだ、続ける気になってしまったんだ。

 大好きなメタトロンも出た。サンダルフォンもいる。ヨシツネ(強キャラ)もアリス(日本人大好き、アリス・リデル)だっている。やることはひたすら周回、地道な作業。スマホゲーなら当然のことだけど。でもさ、虚ろな心にはその位が丁度いいんだ。ルシファーの、悪魔たちのことばかり考えられるんだから。

 とはいえ、少しでも気分を上げるため、外へ。渋谷の文化村ではまたアートバザールをやっていて、有名人の作品が所狭しと並べられていて、ピカソジャコメッティ、ウォーホル、草間彌生ワイエスマチス金子國義藤田嗣治、ミロ、ローランサン奈良美智……と美術が好きな人なら知ってる人らの売れ残り(失礼!)が並んでいて、しかもセールで半額とかになってるんだ。300万の作品が、半額! 

 こういうのを見ると、仕方がないことだけど、なんだかあまりいい気分はしない。商品ですらなくて、投機対象というか。それを目の当たりにするというか、見栄で作品を買う人の方が立派だとすら思うよ。

 まあ、俺にとっては、色んな人の作品をただで見られるってだけでも十分有難いことだけどね。実物と、印刷されたのは、違うからさ。

 その中で、サム・フランシスの無題1985年の抽象画が良かった。サム・フランシス、大学時代に知って、結構好きだったんだ。ちなみに値段は半額で150マン位かな? 買えるわけがない。

 あと、鴨井玲の スペインの娘 という油彩画が目に留まった。素敵だなって思ったのだ。俺は鴨井玲はとても画がうまいと思う反面、そこまで惹かれなかったが、その作品=生で見た画は、生命力を感じさせる色っぽさがあったんだ。

 大学時代、鴨井玲が好きだって言ってた友人がいた。そこそこ仲が良かったけど、卒業と共に疎遠になってしまった。俺がもう少し大人になれていたら、気軽に人を誘えたら、縁が切れずに済んだのかな、なんて思ってしまう。でも、もう戻れない。

 俺の綱渡り人生も、下を見ても暗く、一応存在する足元を見ても不安だけ。例え嫌でも灯りが無くても、前を見るしかないのだ。

 大学時代にわりと読んだ、エルヴェ・ギベールの24、5歳のころに書かれたらしい、主に写真に関するエッセイをまとめた本『幻のイマージュ』を読む。

 俺は自分がゲイだからというのが関係するのかしないのかは分からないが、ゲイの作家は好きな人が多い。全てのゲイに当てはまるわけではないのだが、アートにのめり込むゲイの一部は、シニカルでユーモラスで、多分、俺もそういう人間だから、近い物を感じるのかもしれない。

 ただ、このエッセイはわりと退屈なもので、訳と解説をしている、巻末の堀江敏幸の文章の方がずっと理路整然としていて、魅力的とすら思ってしまった。

 そう思った後で、あ、これはギベールの「幻のイマージュ」なのだ、意味とか写真論とかエッセイとかそういうのを求めるべきではないのだ、と一人了解する。

 俺はギベールのそこまでファンとはいえないのだが、彼の本を持っていて、たまに読み返すのだ。彼の言葉が、俺は好きなんだ。本文の一部を引用しよう。

 

 女手で育てられた父は、父親というものをまったく知らなかった。おそらく息子を持ち、息子である僕と立場を入れ替える幻想を、父は抱いていたのだろう。代わりに僕は、父親の役を演じ、十三歳まで父がいっしょにやってくれた就寝と足の手入れの儀式を、わが息子と演じ直すという幻想を抱くことになるだろう。

 父の髪の毛は、もうすっかりなくなっていた。薔薇の花びらや、バナナの皮や、栗をつけておいた酒で頭をこすり、その髪をもう一度生やしてあげたかった。ところが、いまやこちらの髪が薄くなってきている。そしてぼくには息子がいない。

 

 本書に収録されている、ギベールの母に関するエッセイもいいのだが、この文章の、愛情やちぐはぐさや、どこか寂しい感じが好きだ。この文章に限らず、ギベールのエッセイの、そういう部分を俺は好きなのかなと思った。愛は素直に何てなれないよでもたまにはそういうのしたくなるよ。

 また、読みたくなった。他にも読まなきゃいけない本が溜まっているというのに!

 こんなどうでもいい雑文を書くのだって少し、時間がかかるけれど、でも、書いた方が良いと思うのだ。スマホゲーでルシファー様をごくごくわずかに育てるよりも、今日、感じたことあったことを話したい、君に自分にイマジナリーフレンドにイマージュに。

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 花屋の薔薇は勿論大好きだが、誰かが育てた、風に吹かれる薔薇もまた違った魅力を持っている。お金がないと言うことは、花のことばかり考えていられない、不幸な状況だ。でも、俺は色々な物から逃げて、怒って、泣いて、落ち込んで、たまに花とかイマージュを愛して、如何にか生き延びているんだ、変えられないんだ。