バッハ、安紅茶、チョコレート

色々な予定がうまくいっていない。色々な本を借りて、とりあえず読む。色々な本を買って、とりあえず山積みにして、少しずつ崩している。こんな日々がいつまでも続くのかと思うと、ふと、飛び降りてしまいたくなるのだけれども、いつものようにバッハと安紅茶とチョコレートと読書。つまらない記録、惰性の日々。

 でも、読む本はそうではないのだ。

 安野光雅『空想の繪本』安野光雅の書いたイラストの中でも、掲載誌が数理科学(知らないが)やユリイカといった雑誌だからか、不思議な絵が多い。現実ではありえない絵、騙し絵やファンタジー世界の道具や一ページを切り取った幻想的な物まで幅広く、それについて短いコメントもついていて読んでいて楽しい。

 俺のお気に入りは やぶ医者の七つ道具 とマクスウェルの悪魔(二重瓶詰になっているが、実は瓶の外にいる悪魔)だ。どちらも元絵がすばらしいいというか、文章で良さを伝えられないのがもどかしい。

高峰秀子『忍ばずの女』 高峰秀子のエッセイはかなり読んでいて、だから(映画の話になると特に)内容が重複するような所も多いのだが、それでも読んでいて楽しい。高峰と付き合いが多かった、現場での木下恵介(動)と成瀬巳喜男(静)の対比を語れるのは彼女だけではないだろうか。また、どちらの監督にも共通点があり、大袈裟さを嫌ったというのは納得だ。

 『放浪記』での宝田明のエピソード(簡単なシーンで成瀬がオッケーを出してくれない)は読んでいる方は微笑ましく、唯一手掛けたテレビシナリオの脚本『忍ばずの女』のエピソードも読みごたえがあった。

『バルビエ✖ラブルール』 ジョルジュ・バルビエの本は海野弘の素晴らしい一冊も手元にあるのだが、買ってしまった。こちらの一冊はいつどの本、雑誌に載ったイラストか、という細かい説明があるので、それを見るとそれぞれのまとまりを感じられて良かった、というか、バルビエの画は昔のモードのエレガントがあって、パラパラと見るだけでもうっとりとしてしまう。

 だが、この本は収録されている画のレイアウトに疑問を感じる所や、単純に画が小さい、つめこみました感があり、そこはどうかと思った。資料的な価値もあり、いいのだけれども……

『神秘と絢爛のバリ島絵画 その展開と軌跡展』 昔(といっても1900年代だが)の画の多くは、俺がイメージするバリ、東南アジアの画って感じのが多かった。とにかく書き込みの量が多く、また、農民や畑、自然を描いているというイメージ。また、画にバロンが多く登場していたのでなんか懐かしくなる(メガテン脳)でも、天敵のランダ(との闘い)はあまり描かれていなかったようだが……

 若い作家の作品は、いわゆるバリの絵画というよりも色々な意味で身近な物が多かったが、俺としては同じようなモチーフが埋め尽くす迫力のある、昔のバリの画が好きだ。

ジャン・コクトー『阿片』 これ、俺が高校の時に読んだはずだ……お久しぶりですね……中身は軽やかで気ままな(元)中毒者の言い訳エッセイなのだが、さすがコクトー、読んでいて楽しかったし、一部引用する。

73 すべて子供達は、彼等のなりたいと思うものになり得る不思議な能力を持っている。詩人達の心の中には、子供らしさが残っているのだが、詩人達には、この能力を失うのが辛い。ともすると、これが、詩人を駆って阿片に走らせる理由の一つかもしれない。

165 どうして世間の人々には、詩人の伝記なぞが書けるものか僕には不思議でならない。当の詩人自身にさえ自分の伝記は書けないはずだと分かっているのに。(詩人の一生の中には)あまりに多くの神秘と、まことの偽りと、こんぐらがりとがあるんだもの。

 これを読むとコクトーが紛れもない『詩人の血』を持った人間であることを感じるのだ。稚気と気まぐれと感受性が育むのは、彼自身であり、ポエジーなのだと。

 花の本があると、安いと、とりあえず買ってしまう。花が大好きなんだ俺。ただ、花だけを撮った写真集に対して何だか物足りなさを感じる時があって、それは美しい花を美しく撮っているからかもしれない。これを回避するにはアーヴィング・ペンのようにファッション、虚栄、虚像として美しく撮るか、メープルソープのように硬質の、彫刻のような、しかし艶めかしく撮るかといったなんらかの挑戦的なアプローチが必要だと感じるのだ。

 とはいえ、花を撮っている写真を見ると、実物の花程ではないが、美しいと思うし、小言を言いながらも買い続けてしまうんだ花の写真、写真集。

 最近また、過眠が酷い。このまま腐ってしまうのかなとも思う。花は枯れても腐ってもそれなりに趣があるのだが、人間が腐っても見苦しいだけだ。

 たまに、美しい物を考えることにしている。何でもいい、画でも情感でも情景でも花でも、生きものでも。その幻は、たまに、俺を苛み、しかし生かしてくれる。チョコレートを齧り、安紅茶を流し込み、錠剤を口にして、もう少し、生きなければと。