明日の不幸は明日にして

 東京の状況は変わらず、色々と不安が残るけれどいつまでも家にいるわけにはいかない。不安にばかり心をさいているのはよくない、と分かってはいても気分は安定せず。

 でも、数週間前の自分のことを思うとまだ改善された気がする。いつだって不安定なのだから、楽しいことを考えている時間を大切にしなくっちゃ。

 雑記

編集者、カステックス編『ふらんす幻想短篇 精華集 上』読む。バルザック、ユーゴ、サンド、ネルヴァルら15作品が収録。読む前に、短い作品と作者の紹介があるので有り難い。幻想とは言っても、作品の源泉は悪魔が存在する世界の話から、狂気、薬物、宗教、ミステリ仕立てと幅広く読んでいて飽きない

カステックス編『ふらんす幻想短篇 精華集 下』読む。作家はボードレールリラダン、ローデンバックらで15作品。上巻との違いをあげるとしたら、下巻には悪魔との共生、自分の内から出る狂気、精神病といった視点が多く見られる点だろうか。モーパッサンの作品が、丁寧な狂気の記録で良かった

 この二冊の本はとても質の良いアンソロジーだった。編集者のカステックスという人は知らないのだが、こういう本があるともっと小説を読みたくなって楽しいな。

 アルコール依存症だった人ライターが、回復(禁酒)した本読んでた。様々な症状が出て、彼は好きだった物が好きじゃなくなった。でも、新しいものを好きになって禁酒は続けている。俺は酒をあまり飲まないが、何かに依存している自覚がある。1つのものだけが救いだと思うと、ある時破綻する。難しい

何かを好きだと思える心は、その人の支えになるが、体調、精神の悪化はその妨げになる。周りで頼れる人いるのは幸福なことだし、自分の矛先をそういう人や他人に向けている可能性もある。でも、何らかの帰属意識や帰依や依存無しで生きるのは難しい。自分が間違っているかもと気づく、考えることが必要なのかもしれない。

久しぶりに青山行ったら、
昔から、こどもの国(今は営業してない?)の前にある、岡本太郎の作品が目に止まった。近頃めっきり美術館行ってないからか、誰かの作品がとても胸に来た。様々な顔の子供たちの像は、とても力強くのびのびとしているようだ。美術作品が気軽に見られるって素晴らしい。

青山ブックセンターで色々見る。短い時間だけど、モード系の洋書や写真集とかパラパラチェックする。美しいもの、奇妙なものを見ると心が豊かになる。世界には不思議な物が沢山あると感じられることは幸福だ。知らない写真集が良くって値段見たら八千円だった。来世で買うぜ!

野田彩子『ダブル 2巻』読む。忠犬のような親のような頼もしい友仁、子犬のように天真爛漫で不安定で才能ある多家良。小学校の親友同士のような不思議な関係の大人。多家良の様々な顔を表現出来る作者の説得力。盤石に見える友仁の方が危うい気がする。二人の、終わりの始まりがあるならば、彼から?

『リイルアダン短篇集 上』読む。訳者が複数いるし旧字体だから、文章が頭に入るのに難儀した。一番好みなのは鈴木信太郎の訳。宝石に恋に死に命を灯す詩情を感じる。
リラダンの小説は反道徳、一般的なモラルからは遠く、自由さといやな感じを覚える。それでいて話は蠱惑的なのだからたちが悪い

『文豪と借金』読む。石川啄木、約60人から金を借り「弱い心を何度も叱りつ、金をかりに行く」壷井栄、15家を変え50才で家賃が払えた。葛西善蔵、貧乏には慣れているが40過ぎでは世の中が厭になる。他、多数。教科書に載るレベルの人らですら、借金生活。文学って楽しい地獄絵図かよ

手塚治虫のエッセイ『ガラスの地球を救え』読む。手塚の幼少期、下に見られていた漫画、それを与えてくれた母や認めてくれた先生のおかげで居場所を見つけた話。豊かな自然の中で育ち、生命や自然に敬意や美しさを見出す話等、今読んでも胸に来る。自分の漫画に異物が多いのはコンプレックスに居場所を与えようとした、といった趣旨の発言も好きだ。

手塚治虫は、自分が、人間が不完全で過ちを犯すことを知っていて、だからこそ一人の人間として警鐘を鳴らす。簡単に割り切れない問題に漫画や言葉で立ち向かう。彼の残した多くの作品のことを思う。大好きな火の鳥鳳凰編にも言及していて読めて良かった

マンディアルグ短篇集『みだらな扉』読む。正直に言って不満だった。彼の描き出すエロスや悪夢や迷路はなりを潜め、そのフレーヴァーだけが香る。引っかかりや置いてきぼりにならず軽く読めるが、軽く読めるマンディアルグの作品なんて厭だな。

海野弘監修『世界の美しい本』読む。写本、初期の印刷本、豪華本といった本の歴史。それは美しい本を作ろうとした人たちの歴史でもある。序文でブックは予約、契約、約束という意味を内包しており、聖書は神と人々との約束を記したものとある。神様や制作者の祈りが本に輝きを与える。それが、美だ

プレステの風のクロノアの動画見てた。ポリゴンの絵本みたいでとてもかわいい。プレステやサターンや64の荒いかわいさや不気味さは何だろう。あれで感動してたのだ。最新機種のゲームは、誰かの夢の世界のような迫力があるし、ドットはちょっと怖くて魅力的。それぞれの良さがあるのはとても良いことだ。

 俺は三十代で、ファミコンスーファミといったドット絵、初期のカクカクしたポリゴン、プレステ2以降の実写に近づいたゲームと運よく?ゲームの盛り上がっていた時代をリアルタイムで経験していたが、それぞれの「最新の表現」に素直に感動できて、楽しかった。プレステの初期のゲームなんて、当時でもちょっとひどいなあ、という出来のが多かったのだが、それもまた好きだし、楽しかった。

山田五郎『銀座のすし』読む。銀座百点の連載をまとめた文庫本で、ファストフードだった鮨がフルコースのような値段になったのはなぜ、という疑問を足掛かりに銀座の鮨屋を訪れた記録。高い店に縁が無い俺が読んでも、とても面白い。店や人の歴史に対する敬意と共に、文学等の話題も自由に書ける幅広さ

 この人は有名だからずっと前から知っていたが、著作を読むのは初めてだった。とても読みやすいのだ。さすが元編集長といったところだろうか。手前勝手な作品では読みやすいと言うのは誉め言葉ではないこともあるだろうが、こういうルポやエッセイにおいて、知識や経験からくる考察や寄り道と共にすらすらと読ませる文章はとても上手で彼の他の本が読みたくなった。

 幸田文原作、成瀬巳喜男監督『流れる』見る。山田五十鈴が女将の、老舗の置屋田中絹代が女中として働きに来る。華やかに見えるお座敷ではなく、様々な立場の女性の生き様を描く。脇を固めるのは高峰秀子杉村春子岡田茉莉子ら。哀しく淑やかで凜とした名演技。それぞれの悲喜劇を捉えた傑作。

 落ち着いた構図もあり、女優の演技を堪能できる。雄弁にならずとも、内に燃える激情や口に出さない感情を感じる。元々好きだが、おっさんになってから成瀬巳喜男のすごさが分かってきたような気がする。

市川崑監督『ぼんち』また見る。船場の老舗問屋に生まれた男を市川雷蔵が演じる。若尾文子山田五十鈴中村玉緒船越英二越路吹雪等役者がとても豪華。しきたり、を人間よりも大切にする河内屋。それに翻弄される男女。多くが空襲で焼けても、残った者の人生は続く。雷蔵の色気と品が心地良い

 若尾文子がものすごい美人!(知ってるけど!)若くて調子乗っててしたたかでどこか抜けているような、画に描いたような芸者が「実写」で出てきたよって、見ていて楽しかった。あと、船越英二の顔はとてもいいけれど「あほぼん」っぷりが好きだ。むかしのいかつい男前だけど情けない姿は可愛らしい。市川雷蔵はほんと、動いて喋っているのが素敵だ。彼の顔も好きだが、いわゆる男前とかイケメンとかいわれるような役者ではないはずだ。でも、どの役でも彼には色気というものを感じる。ひとたらし、って感じだ。演技のうまさは勿論だが、動く彼を見るのは楽しい。

木下恵介監督『永遠の人』見る。恋人がいる小作人の娘。負傷して帰ってきた地主の息子に犯され、入水自殺するも果たせず、恋人と夜逃げする約束も破られ、地主の男と結婚して子を産むのだが……という前半だけでかなりきつい展開なのだが、不幸や憎しみには底はないのだ。産んだ子を愛せない母。妾の子、と苛められた息子は学友に暴力をふるうようになってしまう。その息子を愛せと言う愚かな父親。

 息子が置手紙を残し、自殺してしまい、男が女を叩くシーンがきつい。やりきれない。

見ていて思わず泣いてしまった。脚本に多少疑問もあるが、モノクロの自然や立派な家を映すカメラ、構図がとても美しい。高峰秀子のやりきれない生き様も、仲代達矢の弱い屑男も、二人の演技が上手く引き込まれる。すっきりしない映画だが、監督と役者がとても良い問題作

 木下恵介は自然を美しく撮るなあ、と思ってはいたが、この映画はとてもすごくて、どっしりとした自然の中で戸惑う人の姿と、お屋敷の中で対話したり事件に対峙したりする役者の姿がとてもよく撮れていた。モノクロの画面が美しいと思った。俺なりに最上級の誉め言葉だ。

 成瀬、市川、木下、と続けて巨匠の映画を見てきてふと思ったのが、商業的な、分かりやすい演出を一番好まないのが成瀬で、そういったパンチの聞いた表現もするのが市川崑、という気がする。木下はその中間だろうか。まあ、あえて言うなら、ということだけれども。

 でも、俺の勝手な想像だが、有名な、作品を見た人が多いのは市川崑木下恵介成瀬巳喜男となるような気がする。もっとも三人とも優れた作品を残しているのだから、好みはあっても優劣はない。でも、俺は二十代の頃はもっと市川崑に夢中で、成瀬は三十代になってから理解が深まった気がする。

 様々な物について、俺は少ししか知ることがなく、身体や頭が駄目になる。ただ、夢中になっている時間はそういう迷妄不安虚心が軽くなるのだ。明日の不幸は明日考えるべきだ。追いつかない幻の方が俺に優しい。