ワンダーワンダー

高校最後の春休みに日雇いのアルバイトをしていた。何度か同じ現場で仕事をした、小さな専門学校を作る手伝い。日雇いは初めてだったけれど、一緒に仕事をしていた三十〜五十代のおっさん達は皆とても親切で、やりやすかった。仕事を初めて何日目かの日に、仕事はストップした。何が原因かは分からなかった。雨が降っていたけれど、さぼれてラッキーだと思った。俺らは庇の下で待機。しばらくして二、三十台のスーツの人が来た、おっさんと何か話していた。戻って来たおっさんは、俺らに「あいつら俺らを人としてはみていないんだ」と吐き捨てるように言った。俺はその意味を分からなかったし、まあ、そういうものかな、と思った。

 働いている人間を単なる労働力、抵抗出来ない替えのきく道具、自覚無しにそう思っている人間は大勢いるはずだ、誰だってそんなこと位分かっているはずだ、でも、実際にその状況にはまってみると、ただ、吐き気がする。怒りも悲しみも何も変えることはないという現実、ただ、この小さい吐き気を飲み込んでしまえばいい、それだけでいい、彼らは俺のことを人間だと認識していない、獣の言葉を理解しようとする人間なんてほとんどいない、忘れて、忘れてしまえば。

 彼らはきっと自分が汚い、嫌悪を覚えるほど汚いだなんて考えもしないだろう。俺は自覚している、そして汚さにおいては、彼らと大して変わりが無いだろう。だって、俺はこの歳まで生き長らえているんだから。

 気分が悪くて薬を飲んで寝て起きて、緩んだ頭で仕事に行きたくないと思いつつ布団と友達になっていると、いつの間にか寝てしまっていて、時計を見ると出発しなければいけない時間を過ぎていて、

 勝手に血を吐き続ける心臓、このまま行かなければいい、そう思いながら走る走る、大きく腕を振って、肺が息を吐いて、貧弱な身体は直ぐに悲鳴を上げて立ち止まり、また、走る。

 時間には丁度間に合ったが、もう、アルバイトの人間は仕事に入っていた。謝ろう、と思ったが、こみ上げるのは吐き気ばかり、時間には間に合ったのだ、きっと誰も気にしていない、俺のことを、気にしていない、大丈夫だ、気にしてなんていない、気にしてなんていない。

「焼き立てで買ってきたレーズンブレッドが
 固くなるまでの間も僕は
 解決の無い推理小説
 誰でもない主人公を続けているのさ
 僕にルールを与えてよミスター
 こんなときは何ていうんだっけ?」

 プレイグスの深沼が歌っていた。俺にもルールを与えてよ、ミスター、ミスター、なんていないことは知っているから、俺は自分で自分に思いつきを与える。嫌なことがあると、小説が書きたくなる。個人的な安上がりのルール。この曲のタイトルはワンダーワンダー、信仰心の無い俺は、吐き気のまま神様に向かってサンキューサンキューサンキュー。