俺tube君tube

 最近のファッション誌はどれもこれも太っ腹なおまけがついていて、特に女性ファッション誌ではその傾向が強いとおもうんだけれど、それだけ雑誌が売れないってことなのかなーと少し残念な気分にもなる、っていうか! おまけがついてると、雑誌がしっかり梱包されて立ち読みできねーよーになってるじゃねーか!

 ってことで、久しぶりに、一度も梱包されている所を見たことが無い、ゴシック&ロリータ・バイブルを立ち読みする。ゴシックでもましてやロリータなわけがない俺にとっては「見て」楽しむ雑誌だ。同様に独自の路線を突っ走っているギャル・キャバ嬢系・ホスト系雑誌もたまに「見る」分には楽しいけれど、やっぱり人生アグレッシブ系な雑誌よりも、ゴシック&ロリータの方が居心地が良い。

 キャバ嬢系に(ストリート)ホスト系が対応するように、大体男女のファッション誌では似たような、対応するファッション誌が挙げられるのだけれど、この雑誌ではそれが思いつかない。単に俺がファッション誌に詳しくないからかもしれないが、王子系(異性モテを狙っていない)雑誌ってあるか? てかこの雑誌に女の子の為の王子系ファッション(要はマニッシュなゴスロリスタイル)も紹介されているし!

 もしかして、十年近く前、ごく一部で流行った(らしい)サイバー系(フューチャー・ルックではなく)が対応するのではないだろうか? だって、SFの漫画や小説の読者って男性比率がめちゃ高いらしいし!(それを言ったら哲学もそうだけれど、哲人ファッションって? ルンペン系、こぎれい系、無頓着系とか?)

 てか、高校の一時期、トランスペアレントな、スペーシーな洋服を「かっ、かっこいい……」と思っていたことがあり、ギャルソンの、一部分だけプラスチックになっているシャツ持ってた。縦にプラスチックのやや太い線が入ってる、まあ、サイバーな感じがあまりしないシャツ、どっかいったけど。どこいったんだろ……ツルツル、かっこいい……。

 みたいなことを思っていたけれど、正直ファッションとしてはどうか、と一応その頃から思っていて、でも、偏ったオサレな人を載せる雑誌の「サイバー」な方々や歯羅受苦(じゃがーさん)をたまーに歩いているの人を見て、「こ、こいつは極彩色ゴーグルをしておまけに腕からチューブが出ているぜ!!!!」とひそかにテンションが上がっていた。しなかったけど。

 最近やっと自覚したんだけれど、俺は腕からチューブ、コードが出まくっているのが「かっこいい」と思っていて……、恥ずかしくはあんまりないよだって!! SFとか近未来系の漫画とか、そういうの沢山出てくるじゃん!! 皆すきなんじゃん(は?)女神転生でも、腕に装着しているパソコンにコードがついてんじゃん!!

 でも、そのコードに関して、ある人が(確か岡田さんかだれかに質問していたライター)「近未来では全部無線で機能するのでは」と質問をしていて、それに「まあ、デザイン的にかっこいいべ」なんて答えずに、「それだけ進んでいる世界だから、万一の電波障害が発生しないようにコードでつないでいる」という趣旨のことを話していて、説得力があって感動した。やっぱりコードは必要なんだ!!! で、サイバー系の人にも、やっぱ、電波障害みたいなのがあるのでしょうか。

 そういえばナンシー関のコラムで、TM 時代のこむろさんがスタジオライブの際に「超」器材に囲まれて演奏を行っており、視聴者(おそらく子供)から「どうしてそんなに機会が必要なんですか」という質問葉書がきて、故意に意味を取り違えて、一つ二つ器材の説明を始めた、というナンシーの突っ込みを思い出した。「沢山機会、俺かっこいい」からだよね……こむろさん……。

 何か最近サイバーパンク、とかSF「っぽい」ものかっこいい、とかそんなことばかり書いているけれど、崩壊と進化、みたいな、まあ、二項対立的ベタで胸キュンな感じに、今更ドキがむねむねしていて、十代の頃に写真展で見た、崩壊したチャペルでウェディングドレスを着たアラブ系の、美人とはいえない苦い顔をした花嫁の、その姿がとても印象的で、多分、俺にとっての、割とリアルで漫画チックな、崩壊と進化、ハードボイルドな世界として想起される。

 女神転生のシミュレーション版の魔神転生というゲームがあって、その2のパッケージが、内容も勿論(時空移動して近未来で悪魔や人間と戦う!)だが、かなり好きなデザインだ。一点透視図法で中心に向かい高層ビルが立ち並び、その中央には、ガレキの山の頂点にいる剣を持った主人公が、落日の赤い逆光で、シルエットだけが煌々と照らされているという、かなり「かっこいい」デザインになっている。フリードリヒの雲海を望む旅人のイラスト版だね!! しかもこのゲームの副題は「spiral nemesis」俺の超意訳でいうと「義憤の連鎖」っすよ、超かっこいい。

 で、このゲームは音楽もすごくいいんだけれど、ゲームミュージックって、出荷数が少なく、わざわざ購入するファンはなかなか手放さないから、値段は高騰する場合が多く、このCDもちょっと前まで7000円越えをしていて、マジファッキンだったんだけれど、しつこく値段を見ていくと、なんと! 送料を含めて3000円以下で出品されていて、迷わずポチっとアマゾネス。てか、中古CDに三千はなくね? げにおそろしきはアマゾネス。
 
 でも、本当は、今一番欲しいゲームミュージックは、SFC版のいただきストリートのサントラで、なんとこのゲームは、ミュージックを全て筒美京平が作曲しているのだ!! どれもこれもすばらしいイージーリスニングばかりで、何度もプレイして耳に焼き付いている曲だけど、やはりCDとしても欲しい、けれど、こっちは中古で二万七千って!! なめてんのか。ここまでくるとファンアイテムだ。CDやレコードに数万十万とか、自己満とか値段釣り上げでしかないっしょ。でも欲しい。

 最近ゲームミュージックの事をかなり書いているな、と思った。それは単に、ここ一、二年で、ようやくゲームのサントラを購入するようになってきていたからだ。正直に言って、ゲームのサントラは高いけれど、音楽単品として考えると、あまりいい評価を与えられない。だって、それ単品で勝負できるなら、それで売ればいい、ていうか、売れるだろう。その人が今までにガチで震えるアルバムと、同じようなものか、と言ったら、やはり違うのではないだろうか。あくまでゲームという思いでや思い入れがあってのジャンルであるのだ。

 だって、ゲームに使用されることが前提で作られている曲は、ゲームの構成に従って、それに相応しい時間の、曲調のメロディーを求められる。戦闘の曲はキャッチーで下品な感じ、フィールドの曲は静かで落ち着いた感じ、イベントの曲はこれまでとは違う雰囲気、とか。それに一番は、何度も繰り返し聞いても邪魔にならない、けれどとにかくキャッチーな、という難しい要求だろう。

 けれど、そんなお約束は、考え方によってはとても先鋭的なコンセプチュアルアルバムと言い換えることが出来るだろう。「長い冒険の、人殺しの、悪魔殺しの、機械殺しの、神様殺しの旅に行ってきます!」なんてアルバムは、やっぱりゲームミュージックならではの魅力的なものだと思う。

 95年に発売された、魔神転生2のアルバムは、未来での戦いが舞台になっているだけあって、今から見れば少し懐かしい、テクノサウンドが中心になっているんだけれど、ライナーノーツで作曲者がイエスやイーノやタンジェリン・ドリームの名前を挙げていたように、どこか、それらの影響がうかがえる良質のアルバムになっている。同じステージを長時間プレイするシミュレーションという形態に合わせてか、中心となっている曲が、硬質のピアノの旋律が印象的な、ハウスっぽい曲調になっているのが、とても気持ちがいい。近未来と、90年代の少し武骨なテクノサウンドは、とても相性がいいのだと思う。

 俺がここで書いてているゲーム・ミュージックは、単品でも十分楽しめる、と思って、「かっこいい」と思って書いている。でも、ゲームがあればもっと楽しめる。チューブを、ワイヤーを装着したなら、もっともっと楽しめるだろうか?