本日のイヴ

 会話をする時に、交通の為に選択をしていることに気づかされる瞬間が嫌だ。こんな言葉たちを喋りたいつもりではない、と思いながらも、通じない言葉を喋ることなんて出来ない。酷く気分が悪い、好きだと言って欲しいから、相手に好きという人々の集い、過剰に拒否反応を示す、自分の方が、おかしいのかと思ってしまう。しかし、自分自身を疑うのにも限界がある。ふと、早く俺は人間の心を取り戻しにいかなければ、と思った、馬鹿らしい、ははは、面白い。

 リラダンの『未来のイヴ』を読もう、と思っていながら、二、三年は経っているような気がする。セリーヌも、吉田健一も、プルーストなんて高校生の時に買ったっきり、家の隅で埃を被っている。

 読みたい本が予定があるというのは幸福なことだ。皆、寂しさから予定を作りたがる。そういえば、イヴも、ロボットも、寂しがったり、泣いたりするのだろうか?

 俺はSFやミステリーの小説や漫画をほとんど読まない。嫌いな訳ではないのだが、文章を覚えて追って行くのがおっくうなのだ。ミステリーはともかく、SFの世界にはロボットやアンドロイドが割と登場しやすいと思う。

 ロボット、というか、いかにもな80’のシンセやファミコンみたいな電子音を聞くと、懐かしいような、わくわくするような気分になる。丁度ファミコンが流行り出した頃に幼少期を迎えたせいもあるかもしれないが、あの味気無い、耳にささる音が俺は好きだ。あの人間味の無い音で、ヴォーコーダー・ヴォイスで、愛や未来や希望、凡庸な期待を歌われると元気が出る。俺の中の「機械みたいな部分」が共鳴しているんだ、と考えるのは楽しい。

 なるべくならば、機械のように、あらゆる反復の虜になれるよう、俺の友人は惰性だけれど、惰性が反復へと羽化できるように、惰性を愛さねばならない。

 明日の感情は分からないけれど、出来の悪い機械の身体でも、いいのだと思った、反復反復。