素敵な仕事

187センチメートル、55キログラム、ミルク色のユニットバスの中、豚の毛ブラシ、鎖骨を撫でると痛くて嬉しくなる。

 岡本かの子の短編『鮨』では、食べ物を身体に入れるのが嫌な少年が出てくる。その子は母が作る、色とりどりの鮨を食べる。もしも花々に栄養があるのなら、俺だって毎日色を食べるだろう、でも、そんな訳は無いって知っているから、俺はビスケットの日々、栄養も気にしなくっちゃいけない、脳が身体が困る。ビタミン・ミネラルは錠剤、食物繊維はオートミールたんぱく質プロテインの粉末、プロテイン味のミルクを掛けたオートミールは栄養分が高すぎて、人間の食べる物ではなかった。はは、マジ完璧、と思いながら、毎日のように下痢。

 これはアルベルト・ジャコメッティの彫刻が悪い、まあ、悪いってことにする。食べ物なんて、欲しい時以外は入らなかったし、少ない金の使い道は山ほどあったし、骨が好きだし。

 でも、骨だけで骨への夢想だけで生きていけるほど、身体は優しくなかった。今よりも更に病気がちで倦怠感の虜になっている俺、食事の楽しさを忘れた俺、或る日反動で食べまくる、とはいっても、体重は60キロ超えただけだけど。未だアバラが素敵な身体。ジャコメッティコスプレ。

 羨ましい、と思うこと、それは仕事や好きなことで、身体が喜ぶということ。人を殴る仕事、人をマッサージする仕事、石を削る仕事、身体の素直な反応を感じられることの出来る行為、彫刻をしている友人が言った。
モデリングよりもカービングが好きなんだ、削るごとに、石の手ごたえがするんだ」
 素直に羨ましかった。俺は高品質ゲロの食事を止めていた(プロテインの摂取は運動後が一番効率がいいことも学んだし、運動しないけど)。猫背でパソコンのキーを打つ、のよりも断然気持ちいいはずだ。

 健康志向になって、ふと、佐伯チズの本を半信半疑で試してみると、はっきり分かる効果があって驚いた。ニキビのでき易い俺、普通の洗顔フォームにスクラブを半分混ぜる、ローションパックを三分、美容液で蓋をして三分、すっげーマジ(自分比)肌調子いいになる読み漁る漁る、彼女の本、多分二十冊以上出ているんじゃないか?そのどれもが似たり寄ったりの内容で驚いた。

 でも、彼女は文章を書く仕事ではない、から、とは思うけれど、やり過ぎかな、とも思う。人が綺麗になるのは嬉しいことだ。自分のしたことが報われる、コツコツ雑魚敵を倒してレベルアップするのは嬉しいことだ。でも、そんなことばかりしていたなら、下痢を喜べない身体になってしまうだろう。
素敵な仕事なんて無いと知ってしまった俺は、ゲロや下痢が、たまには愛おしいことを学ぶのだ。