夜は君のもの

 いかづちの音で目が覚めた。肌を包むさと定期的に鳴るいかづち。いかづちの音は割りと好きなのだが、それにしても頻度が多く、音も大きく、ほんのりとした不安が身体の内に広がってくる。そのままぼんやりしていると、またまどろみ、落ちる。

 些事と季節の変わり目で、あまり体調が思わしくなく、時間が空いた日には一日に何度も短い睡眠を繰り返していて、なかなか本調子にはならない、って、でも本調子って、何のこと?

 深夜に急に食欲がわきまくることもあるが、何だかあまり食べないこともあり、ここは好きなものでも、ということであまり期待はしなかったがインスタントの冷汁を買って食べてみたのだが、結構美味しくて、てか俺味が濃い甘じょっぱいのなら大抵大好きなんだよなあ、と思いながら箸を進めていた。すると、インスタントの安物の冷汁は単に味噌汁ぶっかけご飯だと気づいた。魚が、鯵か鯖が欲しい……。いや、久しぶりに食べたし、ねこまんまでもいいんですけどね。にゃーん(は?)

 電車の中で座席に腰を下ろし文庫本を広げると、俺の両隣に母と娘らしき人が座ったので、立ち上がりひとつ席をずらす。しばらくして、ふと、隣り合った親子に目をやると、席が隣で話し合うわけでもなく、二人とも正面を見てスマホをいじっていて、少し驚いた。批判とかではなく、あー現代っぽいなあと阿呆な感想を抱いた。

 スマホはあまり欲しくないというか、機能について何だかよく分かっていないのだが、なめこのゲームだけはやりたくて、その為にスマホの(値段の)情報収集をしてしまった。元になったDSのゲームでも買えよって話だが。

 でも、結局飽きちゃうんだよなーと思い断念したが、一時期は「キノコのトリコ(キノコホテル)」ならぬ、なめこのトリコで、買うのはやばいだろとか思いながらキディランドでなめこを買ってしまったし、ガチャガチャをガチャガチャしたし、スマホを持ってる友人と歩いてる際に、

「あーおめーの身体からなめこ生えんかな。そしたらおれ収穫するから」

 とか言ってシカトされたりしていたのだが、さすがに現実に帰ってきた。あの、定期的になる、どーでもいいゆるいキャラに夢中になるのって、なんだろう。ちなみに今はポンタ(ローソンやゲオのカードのタヌキ)が気になる。一匹だとそれほどでもないのだが、ゲーセンのクレーンゲームの中に詰まってるのがかわいい。あとテレサのルームライトが欲しい。幽霊と暮らしたいまじでおれ。

 

 お勧めしてもらった、ブッツァーティの『タタール人の砂漠』を読む。カフカの再来、とか書かれていたり、いやおう無しにカフカの『城』を連想してしまうが、彼の美点はカフカの精密で決して不条理と言う安易な言葉で片付けてはいけない記録ということにはなく、平凡さを少しのセンチメンタルな味付けもありつつ、ドラマチックに落とし込むという点にあるだろう。学生の頃に読むといい本だなあと思う。どうでもいいし長々と続いてしまう、砦の中の、砂漠の中の生活。

 俺は学生の頃はカミュに夢中になった。割と簡単に手に入るので、ほとんど全ての著作に目を通した。身もふたもないということの身が引き締まるような心地よい薄ら寒さ。カミュも、学生の頃に出会えてよかった、学生の頃に出会うべき作家と言う気がする。でも、出会う気があるなら、受け入れる気があるならば、幾つになってもすばらしい作品はすばらしい。読書は俺を幼稚にしてくれる。でも、30前でなめこ欲しいからスマホ欲しいとか言ってる場合ではないのだけれど。

 ブコウスキーの自伝的小説の映画化『酔いどれ詩人になる前に』を見る。いい年をして職を転々とする作家志望、って、ちょっと俺、顔を背けたくなるのだが、大丈夫だブコウスキー(役)は、女大好きで酒も大好きで暴力も振るうし、俺とは違ったタイプのクズだから、大丈夫!(は?)。

 というか、俺はブコウスキーの小説が好きというわけでもなく、もっというと俺はハードボイルド小説とかがあまり好きではない。それは幾ら着飾ってスーツとアルコールとピストルが出てきても、内容はコロコロコミックだから。主人公のダンディズムは決して(本質的には)傷つけられない。主人公のかっこよさの為の、書割の配役たちとあんまりセンスの良いようで良くないせりふ。そういうのはどうか恋人同士でやっていただきたい。俺はハードボイルドを恋人にするつもりはないので。

 でもブコウスキーの小説、この映画を見られるのは、突っ込みどころを許容しているからかもしれない。彼なりのダンディズム(つまりエゴイズム)はあるのだが、それは変に着飾っていないから。彼の生活の中にあるのは、どう考えても非難を浴びるような、残念でしょぼい行いだから。

 好きというわけではない、けれど、ぼんやりとした頭で見るにはいい映画だったかもしれない。少し笑ってしまうし、少し切ないし、少しあきれてしまう。俺とは違う駄目な男。

 駄目、といえば写真家のロバート・メイプルソープの伝記を持っているのだが、彼の知人が割りと彼をぼろくそに言っているのが面白かった。実際、メイプルソープにの人間性には良いイメージなんてないのだが、伝記って割とそこは隠すから。

 『メイプルソープとコレクター』は死後に振り返るメイプルソープドキュメンタリー映画で、正直内容は知っているものばかりなのだが、楽しく見られた。でも、この題名で、彼の都市の離れた恋人、アートコレクター、サム・ワグスタッフの生い立ちやら周囲の証言やらまで入れるのは余計な気がした。この映画を借りる人はメイプルソープ目当てで見るのに、そんなに詳しく知りたいか?

 でも、高齢のパティ・スミスが彼のことを話しているシーンはとてもよかった。

 メイプルソープがジャケットを撮影した、男性にも見える、やせっぽちでクールな、彼女の魅力がつまったファーストアルバム。そして、<gloria>の歌詞の冒頭。

神が死んだのは誰かの罪のせい。でも私のじゃない

 すげークールだ、それに、短い期間だとはいえ、バイセクシャルというよりはホモセクシャル(だろう)のメイプルソープパティ・スミスとの恋人関係はとても素敵なもののように映る。関係が解消された後も仲良しだったようだし、二人の写真や、メイプルソープが映した彼女を見ると、二人がきっと、お互いに尊敬しあっていた、信頼しあっていたのだろうなと思うから。


 彼女のハスキーな声を聞くと、いなづまに似た感覚を想起する。そう、夜について、肌寒さについて、冷たい指先の中に流れる血潮について。

 彼女のヒットナンバーbecause the night

http://www.youtube.com/watch?v=0brHGJ6xqbk

 


Take my hand come undercover   こっそりやって来て わたしの手をとって
They can't hurt you now,   今は 誰もあなたを傷つけたりできない
Can't hurt you now,    今は あなたを傷つけたりできない
can't hurt you now   今は あなたを傷つけられないの

(Chorus)
Because the night belongs to lovers   なぜって 夜は 恋人たちのものだから
Because the night belongs to lust   だって 夜は 欲望にふさわしいから ※      
Because the night belongs to lovers   なぜって 夜は 恋人たちのものだから
Because the night belongs to us   だって 夜は わたしたちのものだから



そういう体質なのか生来のなまけ者なのなのかは分からないが、割と体調を崩しやすい、疲れてしまう俺だけれど、好きな音楽を聴くと、無条件で力をわけてもらえる。まどろみも、欲望も、同じように大切なのかなと思う。

 だって 夜は 俺のものでもあるだろ?