恋の時間愛の時間何にも追われない時間

 新しい小説を書こうとして、一文字も書けずにうろうろしている。一度決まれば後はわりと早いと思うのだが(でも、人がどんな風に小説を書いているかなんて知らないけど)、そのスタートに立つまでがとても長い。億劫だし面倒だし集中力が無いし。

 でも、俺は作り物の中では息ができるのだ。架空の空想の作り物の偽物の幻想のありもしない、いや、ありえるはずのいつかの何かのことばかり。

 多分、文章を書いていないと考えていないと文章を書く力は衰える。そのことは、スポーツ選手や料理人みたいなものに近いのだと思う。同じことの似たようなことの反復が、その人の輝きを作るのだ。

 とはいえ、ずっと現実逃避しているわけにはいかない。いかないというか、生活が成り立たない。最近は毎日のように辞めたいと思いながらも仕事を続けていた。俺は根気も集中力もないので、普通の仕事でもとても疲れてやる気がなくなる。

 後、どれくらい文章を書けるのか、日銭を稼げるのか、おかしくならずにすむのかと、たまに心に浮かんでは消える。きっと、緩やかな自殺の様にして俺はおしまいになるのだろう。

 でも、その前に少しでも現実逃避ができたら、夢を見ることが、錯覚を編むことができたら。哀しいやつまらない、よりかは楽しいことが好きだ。俺は厭世家やペシミストではないけれど、気が付けばメランコリーが親友。見えない親友の手を取りながら、誰かの錯覚を瞳に映したいと思うのだ。

 

 

Bunkamuraザ・ミュージアム 永遠のソル・ライター展。見る。この時期は人がとても少なくて良かった。ニューヨークの日常を撮り続けていた彼の作品は、ファッション写真のようにフォトジェニックだったり(というか)ファッション誌でカメラマンしていたのだが、人々の息づかいが伝わるような瞬間のショットだったり。特に、妹やパートナーの女性を撮った作品が良かった。

妹は仲が良かったけれど、ずっと病院生活になってしまったらしい。そんな彼女は同じ顔の角度の写真が多くて、表情も固く、世界に不信感を抱いているかのようだ。しかし、兄の撮影には応じていたのか。反対にパートナーの写真は生き生きとしていて、映画のワンシーンのようなものも多くて魅力的だ。

 正直、チラシを見た感じだとそこまで期待はしていなかったのだが、展示は思いの外ぐっと来た。カラー写真よりも、妹やパートナーの女性を取り続けたモノクロの写真がとても良かったのだ。

 それらの写真は、親密さがとても伝わる上に、彼のセンスの良さ、ファッション雑誌や映画のワンシーンのようなフォトジェニックなショットの魅力があって、幸福な時間を感じられる物だった。

図録欲しかったけど、高い上に俺が求めるものではなかった。判型小さめでカラー写真がたくさん載っている感じ。多分俺とは彼の写真の魅力的に感じた部分が違う人が構成したのかなあと思った。

 ソル・ライターは、きっと芸術家タイプというわけではないと思う。でも、芸術よりも愛おしい人との時間や街のちょっとしたできごとを大切にしていて、それを印画紙の上に定着できているのだ。見ていて心がすっと楽になったのだ。

 恋の時間愛の時間何にも追われない時間。俺が忘れたものたち。

 飯島都陽子『魔女の12ヶ月』読む。月ごとの、伝承やハーブの物語と、レシピや手仕事を紹介。魔女という名称だけだと、何だか怖いイメージがあるが、この本では実生活にも役立つ知恵も教えてくれる。本物の魔女がいたとして、彼女たちも薬効のあるハーブティーで一息いれていたのかも。

穂村弘『ぼくの宝物絵本』読む。歌人の著者が会社員だった頃、忙しくて自分の時間が取れなかった。そんな時に出会った絵本は、彼を様々な世界に連れて行ってくれた。絵本の紹介でもあり、彼にとっての絵本の魅力について語っている。それは、怖さ。めでたしもいいけれど、死の予感。誰かの生活を感じる

たなと『あちらこちらぼくら(の、あれからとこれから)』温かみのある終わりも好きだけど、続きが読めるのは嬉しい。ゆっくりと仲良くなった二人の、ゆっくりと進展する共同生活。細かい心理描写はキャラの存在と魅力に説得力を与える。たなとの漫画はめっちや読むやすいのもすごい。繰り返し読むぞ。

『知っておくべき四つの価値 宝石の常識』読む。宝石や鉱物の本って、割と似たような内容になりがちだが(それでも楽しいけど)、この本の色の価値基準表というのはとても分かりやすくて良かった。普段宝石を見ないし見られないから、同じ宝石にもこんなに違いがあるのかって気づくことが出来る 

 俺は決して手に入らない宝石も、数百円で買えてしまう宝石(原石、クズ石)も好きだけれど、等級の差、似たような宝石でもプロから見たら差があるというのを写真で見せてもらえるのは刺激的だった。

 最近喫茶店やお菓子のレシピやら鉱物やら、とにかく小説を読まずにさらりと読めるものばかり読んでいる。小説を書こうとしていると、誰かの小説に向き合えるような体力や集中力がない。とかいって、単に仕事でへとへとになっているだけなのだけれど。

 しばしば、自分が駄目で、もっともっと駄目になっていくのだと考える。たまに、誰かの何かの輝きや展望に目を奪われる。俺の凝り固まった思考や行動を改めてくれる。

 そういうことにしておいて、と何度でも思う。