ゲーム

「こっちも仕事でやっているんです。あんたもしっかり働いてください」

 と、電話口、俺がひっくり返った声で叫んだら、相手は少しだけひるんだようだったけれど、その後でまた言い訳と嫌味を繰り返し、とにかく相手にこちらが伝えるべき、相手がしなければならない仕事を告げ、いつも俺がされているように電話をガチャ切りした。

 後で上司に「自分がした失敗なのに俺に嫌味と言い訳をするだけで働く気がありません。新人の俺には色々と不手際があると思い散々理不尽なことを言われても耐えてきましたが、今回の一件はあきらかにあの男、所長のミスで、クライアントからの正当な要望を伝えた俺が罵倒されるのはあきらかにおかしいと思いました。『所長』なのだから媚びるやり方をしっている、長年組織にいる人間だから当然のことです。俺は単に舐められているにしても、あんな田舎のヤンキーのような態度を毎回とられるならば、こちらもあちらの流儀に従うべきかと思いましたが、正直気分が悪いです」といった連絡をすれば、上司は慣れたもので、適切といえるだろう対応をとってくれる説得しづらいあの男ではなく俺に。『所長』よりも新人バイト(の意識)を変える方がコストが低い。

 ケツの穴を舐めろとか言われてへらへらするバイトをしている。というか、大体はそんなもんだ。それを普通の人ならばこんな風に表現したりはしないものだ。普段は歯止めが利かなくなるし、努めて自分の本心は告げないようにしているけれど、思わず、少しだけだが口にしてしまった。
「こっちも仕事でやっているんです。あんたもしっかり働いてください」

 なんだこの間抜けな台詞。それに、上司に相談して、次第に面倒になってきて、相手が求めるであろう言葉を告げる俺の様子。

 ケツの穴を舐めろと言われてへらへらしたり、上手くかわしたり、適量の反論を言ったり、全部馬鹿げている。おかしい。そんな場所に身を置くべきじゃない。理由なんて、結局恒常性じゃないか。生きる為にって、みんなしてるからって、言い訳にしないでよ。そんなことしてみんな、ずるいじゃあないかというか、俺だ、俺自身がずるいと自分で感じるから、いたくないんだ。ずるいって思わないならいいじゃないか、自分がかっこ悪いって思わないなら、どこで何したって、いいじゃあないか。でも、かっこわるいのは嫌だ。もう嫌だ。一番大切だ。かっこわるいのは嫌なんだ。

 最近は割とコンスタントに本を読んでいられる、のだって毎日続くものでもない。ちょっとしたことで、見えない借財が首元を舐める。生温い水を口に含んだまま、飲み込むことも吐きだすことも出来ずにいる。やむなく薬を飲めば副作用で頭が働かなくなる。「ぼーっと」する。「ぼーっと」するおかげで嫌な情報に考えに接続しないで済むとはいえ、したくてもできないし一切がどうでもいいようでどうでもよくないなんて、無給労働みたいだ。ゲームすらできないんだ。自分で能動的に何かをすることができない。馬鹿げている。時間が無いかもしれないじゃないか、元々根気もないじゃないか、早く、何かしなくっちゃ。

 FF7の外伝、クライシスコアをしている。そこまでFF7に思い入れはないし、スイッチを入れるまではあまり乗り気ではなかったけれど、いざやるとぶっ続けでずっとプレイをしていた。ソルジャーになって「英雄」になりたい、ツンツン髪の元気いっぱいな男の子が主人公だ。

 FF7をしていたから、この作品をやる前から主要な登場人物は皆死ぬことを知っていた。宣伝もそんな感じだ、シナリオは野島で、高品質すぎるスクエニの高画質で、予め用意された悲劇。高品質の悲劇。でも、何か一つでも自分にとって魅力的だと思えれば、ゲームはプレイできる。ほんと、俺のゲームへの要求は低いと思う。あんまりストレスなく剣が振るえれば、おーけーとかその程度。

 なんだけど、ずっとプレイしていたんだ。ああ、もうすぐこいつ(主人公・ザックス、音声が入るので名前は変えられない。俺、いつも自分の名前入れてる)も死ぬのかなとか思いつつも、それはあっけなく訪れる。やめてくれよ、金掛けまくって売り上げで回収するスクエニのRPGだろ? まだ33レベルだぞ? 十数時間しかプレイしてないんだ。やめてくれよ! もう終わりだなんて! やめてくれよ! かってに行かないでくれよ! せめて20、30時間は遊ばせてくれよ、何だよ、それ。

 キャラクターは魅力的ながら、ストーリーは結構強引で描写不足や御都合主義がそこかしこに見えた、けれどエンタメ作品でそういった要素があってもあんまり気にはならない、それよりも、かっこいいとこ見せてくれよ、ってこと、そうだろ? 長いこと、楽しませてくれよ。

 ラストシーンで、ああ、泣くのかな、でも俺泣かないな、と思っていたけれど、最後に死んだ主人公が「俺、英雄になれたかな」と告げたシーンで、泣いた、大泣きした声をあげて泣いた。数秒嗚咽した後、涙を流しながら最近泣いてばかりでやばいな、と思ったが、ヤバい時は月に23日位は泣いているし、未だ月に12日位しか泣いていないし、大丈夫だそれに、本当にヤバいと思ったことなら誰もこんな「日記」に書いたりしないだろ? 人に話したりしないだろ? そうだろ? なあそうだろ?

 ゲームの主人公ザックスが英雄か英雄的かは分からないし、俺は、魅力的な「キャラクター」だと思けれど、英雄がかっこいいのがゲームの中だけでいいなんて、いやだよ。仕事をして、かっこいいことは他人の作品や自分の作品の中で、って? いやだよ。でも俺は英雄は勿論もう芸術自体にも聖人にも純粋にもなれないんだって確信していて、また涙が流れてそんだったらもう、どうでもいいじゃあないかと思う。こんな、後から削除したくなるはずの「日記」だってどうでもいい。どうでもいいよ。金が欲しいし、金なんていらないよ。金の為に大切だとか言ってるものを簡単に捨てるし簡単に捨てないよ

 かっこよく、○○になりたい、という強い欲望はあんまりない。なれない、その状態にとどまれないような気がするし、それよりも自分の中の夾雑物を見つける方が容易だ習慣だ。染みだらけの身体。自分が悪いと思えれば、大概の事には理屈が通るだろう。考えずに済んで楽だろう。実際はそんな白黒つけられるような問題ではないのは承知している、つもりでもやっぱり理解したくない。できない。ここまで根が深いと幼稚とかで収まることではない。そう、合わないんだ。合わないなら仕方がない仕方がない。仕方がないというよりもどうでもいい。どうでもいいんだ。欲しいのは少しだ。それが手に入らなくても、後の事は割とどうでもいい。いつまでもこの気持ちのままなんてわけがないけれど、今はどうでもいいから、どうでもいいんだ。