せっかち

GE○のオンラインレンタルで借りたディスクの内、そういえば不良品が二つあったなあと思い、何度も使用されるレンタル物なのだから、こういった経験はたまにあるから、別に怒ったりはしない。むしろ金額を返金してもらえるのだから、ラッキーかもしれない(場合によっては)。
 
 不良品が二枚で、利用したのは丁度二ヶ月、で、借りたDVDとCDの総枚数は、80。確率40分の1かあ、なら仕方ないかなあ、てか、二ヶ月で80枚って。

 しばし、呆然とした。だって、これはあくまで「GE○のオンライン」だけの数で、当然他のオンラインやら店やら図書館やらでも借りているし、購入もしている。原因は分かっている。まともな本が読めていないから、その分消費をしなければならないのだ。でも、自分の渇きを数字として、その端緒だけを見せつけられて、ぞっとした。

 あ、でも、音楽やってる、映画に携わる(シネフィルと自称する人も含む)から見たら、まー大体一日に映画とかアルバム二つ三つ消費しました、程度のもんじゃん。全然おかしくない。だって俺、暇人だし。暇人のそこそこ豪華な暇つぶし。それだけだ。

 でも、それだけじゃあ、やっぱり、駄目なんだ。

 本日から営業の始まるタトゥーショップに連絡をしたら、今日見てくれることになった。入れて欲しい個所の、俺の肌のコンディションが悪いので心配だったのだが、やっぱ彫り師の人が直接見て話さないと、とのことで、とにかく予約を入れ、決まったのだ。

 いざ、予約を入れると、それだけで満足したような、疲労感が身体中に広がった。最近また眠れなくなっていて、その疲労感が出てきてしまったのかもしれないが、予定さえあれば空元気は出る。

 全身にfuck you! と白地に黒でボロボロ書体でプリントされた、大好きなNUMBER (N)INEのパーカーに、穴があき色褪せた、高校から(!)ずっと穿いているRUDE GALLERYのブラックジーンズ、ボロボロのコンバース、という俺にとっての、タトゥーショップ的「正装」をして、向かった。

 以前ピアスの穴を開けていた。開けたのは高校時代で、何事も「やり過ぎが大好き」な俺はピアス開けまくるぜ! とか考えていたのだが、良く考えてみれば(良く考えてみなくても)、耳が隠れる長髪ばかりしている、長髪の好きな俺とピアスとの相性は悪かった。しかも耳を見せるような長髪スタイルと、俺の顔は合わなかった。

 開けた穴は三つ。でも、もう入らないだろう。ピルケースに当時のピアスが残っていて、指輪の欠片みたいで結構好きだったのだが、いつのまにか、何故か、ケース自体はあるのに、今ではほとんど残っていない。

 そんなことを思い出しながら店の戸をくぐると、予想通りの、いかつい彫り師(多分)の方が出迎えてくれて、予約を入れた○○です、と言うと、いかついお兄さんはカルテを手にし、その場で質問が始まった。

 あれ? 普通こういうのって個室でやるんじゃね? と思ったが、このラフな感じは、嫌いじゃなかった。さすがにここまで来て、しかも彫り師の人の前で「十字架のタトゥー入れるの恥ずかしい」とか馬鹿なことは言わず、自分の要望を伝える。心配事は、金、と、俺の胸と腹の傷。

 いかつい兄さんに、その場で上だけ脱いでくれと言われた。当然のことだが、少しためらいながら、そのことを見透かされないように服をめくった。

「先ほどご指摘がありましたが、多少にじんだりとか、そういうのでもいいです」むしろそういうのがいい、とまでは言わなかった。いかついお兄さんがもう一人いたいかついお兄さんを呼び、その前でもチェックをさせられ「まー大丈夫じゃないすか?」と何だか頼りないようなそうでないような、でも有難い言葉を頂く。

 デザインは決まっていた。店のカウンター近くからカタログを持って見せてくれたけれど、もう、十字架以外ありえなかった。

 後の心配事は、やはりお金だ。メジャーで長さを図り、大体の太さの希望を伝えると、「大体7万ってとこですかね」「あ、そうですか」

 7万。7万かあ。勝手に、5、6万位かなあ、と見当をつけていたというか、それ位なら出せる。いや、5.6万でも十分痛い。けれどここまできて引き返す気は全くなかった。次の日に予定を入れる。もう、型を合わせたら、彫り始められるそうだ。何だか、一気に気合が入ってきて、内金の支払いをしながら軽い説明を受けている、と、

 どこからかアジア雑貨を売ってそうな、優しげな雰囲気のお姉さんが俺の眼の前にやってきて、笑顔で名刺を渡してきた。

「担当させて頂く○○です。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 他の店員さんにも挨拶をして、店を出ながら、女の彫り師の人は考えていなかったので、少し驚いた。少数だがいること位知っていたけれど、頭には男の、いかついお兄さんが彫るものとばかり思っていた。というか、その先入観のせいか、一瞬男に彫って欲しかったなあ、という思いがよぎった。

 でも、その女性の彫り師さんは、とても素敵な笑顔だった。そんな人に対応してもらえるんだから、俺は運がいいと思う。

 店を出て、少し歩きながら、改めて7万という金額が頭を支配する。7万あれば何が出来る? それに、俺は十字架の似合うような男なのか? ちょっと高すぎる「アクセサリー」なんじゃないのか?

 でも、これから先もタトゥーのことを考え続けるのは目に見えていて、俺のこの面倒な問題は、少しずつ解決しなければいけないこと位は分かっている。タトゥーかっこいーイエィー、で十分だ。それでいいんだ。

 そう思いつつも四谷に向かう、のだが、数日前も行ったのに、行き方を全く覚えていないことに自分自身で驚いた。馬鹿? ああうん、馬鹿だと思う。幸い財布の中にメモが残っていたので、それを頼りに四谷に向かった。でもメモをとる習慣が無かった数年前は、20過ぎて駅員さんに聞きまくってたからね! だって難しいじゃん路線図! 恥ずかしいね!

 四谷の、前も行った教会ショップに行くと、店の奥にあるメダイ(ペンダントトップ)をトレーに置きまくる。商品の入ったケースは開けず、トレーに乗せてレジで店員が処理をする方式なのだ。

 全身FUCK YOU! と書かれたパーカーで、キリストのつまったケースをトレーに置きまくった。当然だが、数ある聖人モチーフの中でも人気のキリスト君だから商品点数は多く、瞬く間にトレーの上が山になる。とにかくキリストがキリストが欲しかった、乾き或いは疲れを意識し、羞恥を覚えるも何度も狭い店内でケースを確認し、片っ端からキリストのケースを積み上げていると、自分でもヤバイと分かる量になっていて、ほんの少しだけ、我に返った。

 デザインで、多少はふるいにかけることにする。この前の教会的なキリストではなく、グリューネヴァルト的なキリスト或いは、安っぽいキリストだけを選ぶようにして、大分数が減った。でもまだ小山。

 その後で、店内の壁一面に展示されている、キリストの磔刑図のフィギア(でいいのか?)を目にする。さすがにこちらはそこそこ値が張る。でも、欲しい、けど買えないけど欲しいなあ、いいなあ、と、ずっと壁に掛けられた無数のキリストを見ていたら涙が出た。すぐにぬぐった。すぐに治まった。会計をしにレジに向かった。

 名称は知らないが、シスターがかぶる帽子をかぶった女性がレジにいた、のだが、彼女は俺が商品をカウンターに置いているにもかかわらず、俺と目があったにもかかわらず、何故か電話で話をしていた。話を中断することも、他の店員を呼ぶ(俺の後ろで整理をしていた)こともできるはずなのに。

 それに、こんなことを言うのは馬鹿げているのだが、彼女はシスターなんだろ? なんで、こんなことをするのか、理解できなかった。客で選んでいる、とは思いたくないし、それだったら最低だ。何だろう、この嫌な感じ。いや、分かってるんだ。シスターって、シスターじゃなくたって店員って、客の事を考えて行動するのが「普通」じゃないの? 客だって売ってくれてありがとうって、思うのが「普通」じゃないの? 

 何よりさ、あんた、シスターなんだろ? シスターって、人に優しくしたいんじゃないの? 何よりさあ、あんたの信じる神様が哀しむんじゃないのかよ?

 そのまま3、4分たち、シスター帽をかぶっていない、他の女性がレジを担当した。(それと入れ替わりに、そのシスターの知り合いらしき男性が訪問してきてシスターの「あら○○さん! お久しぶり! 」と若干媚びの含んだ声を聞いた時、吐き気がした。)

 新しく会計を担当した女性は、俺がきちんと説明をしているのに、それを無視して買いたいと言った商品を入れなかった。清算後、袋を開け確認して、それを伝え、再度レジを打ってもらった。そしてさっさとこの場所から出たかった。

 店を出て、購入した23人のキリストに、今胸から下げている2人のキリストを早く会わせたかった。個室に行きたかった、から、先日も行った教会へ向かう。礼拝堂で、ネックレスにメダイを通すつもりだった、けれど、ここはそんな場所ではないこと位、入室してすぐに気付き、椅子に座れば疲れを意識し、顔を覆い声を上げ短く泣いた。疲れているんだ承知しているんだ。

 結局駅のトイレでキリスト達を会わせた。明らかな不良品が一つ混じっていたけれど、もう、あの店に行く気にはなれなかった。

 首から下がった24人のキリストは、グロテスクでもなんでもない、ただの良く分からない塊になっていた。でも、手にとってみると、やはりそれは沢山のキリストだった。俺の手に沢山のキリスト。しかし大した感慨とか感想なく、とにかく疲れて帰宅し、早々に布団に横になる。

 と、変な臭いに気付いて起きた。煙が充満していて、慌ててガスを止め換気扇を回した。空だきをしていたらしい。でも、大事に至らないで良かった、のか、いいのか悪いのか。

 とにかく明日は彫ってもらえる。しかも、親切そうな、相手の事を思えるような(多分)人に。それだけで十分過ぎると思った。余計なことは後にして、明日を待つしかない。せっかちなんだ、俺。