まだまだロールプレイングゲームっすか?

体調は、気分は最悪だった。にもかかわらず、もう日付は回り、当日キャンセルは違約金が発生する為、いや、この機会を逃したくなかった、にもかかわらず、悪寒や吐き気やだるさやらが身体を支配し、しかしそれに負けるわけにはいかないと気合を入れ、とにかく布団の上から動かず、どうにか、数時間寝たり起きたりを繰り返すと、昼になっていた。体調は少しはましになっていた。予約の時間は近い、出発だ! というか、山は越えてほっとして、いや、これから山登りをするってのに!

 「当日は健康体でいらして下さい」とのことで、とにかく食べ物を食べなければと思い、おかゆとゆで卵を口にして、色々飲んで、家を出た。

 迎えてくれた女性の彫り師さんは、トレーシングペーパーに俺が要望した二つのクロスを書いて用意してくれていた。本当にシンプルな、縦線と横線だけで構成されているクロス、もう一つは十字の先が三角に尖ったデザイン。

 実際にそれらを合わせてみると、最初はシンプルなのがいいと思っていたのだけれど、尖った方が、何だかかっこいいような気がしてきた。後、用意された分では、ちょっと小さいように思えた。俺、かなりのヒョロガリなので。

 ので、もう少し大きなのを頼んで、で、それもちょっとだけ何か違って、少しずつ細かい部分のサイズを長くしたり短くしたりとかして、デザインを煮詰めていった。

「何度もすみません」と言う俺に彫り師さんは「全然大丈夫ですよ」と答えてくれて、勿論それが仕事をする人の当たり前の態度だと分かっているけれど、やはり俺は「何度もすみません」と言うべきだし、「全然大丈夫ですよ」と気軽に言う彫り師さんの言葉を聞けるのは、嬉しい。

 最後は彫り師の方が手書きで手直しをして、デザインが決まった。かなりおおきな棘十字。胸に張り付けてみると、キリストの「ファン」には全然見えない、てか、マリマンのファンの子? FFの悪役? みたいな、十字架だった。どうみても悪役に似合う大きな棘十字(俺ヒーローとか好きだよ! なんだこの文)。しかも色は黒で塗りつぶすことになっている。これもこれで、かっこいいと思った。俺にぴったりだと思った。

 心配なのは悪寒やだるさやらで、こういった場所なので店内は暖房がきつめに利いているのだが、それでも「冷え症なんで」と言って、用意していた汚れてもいいフリースをはおり、ベッドの上に横たわる。二つのライトが俺を照らしている、がそんなことには構わずすぐに目を閉じた。彫り師の方の合図に、「わかりました」と返事をして、ニードルが胸に下ろされた。

 独特の感覚だった。というか、最初は、やはり、心地良さがあった。素直な心で、誰かとの共同作業が出来ることが嬉しかった。これでも共同作業と言えてしまうのだ、俺の場合。

 それにまあ、「いた」とか「ちょいいた」位だったし、と油断していたら、アバラ近くは猛烈に痛く、マジで勘弁して欲しい傷みが走った。知識として骨に近い部分と脂肪の少ない人は痛みを感じやすいと知っていたけど、両方あてはまるよ痛いよ!

 でも、無言で耐える。というか、当たり前だそんなの。店内ではロックやパンクの超有名な曲(たまーにヒップホップも)が程良い音量でかかっていて、多少気分が楽になった。てか、こんな時にジョアン・ジルベルトとか小谷美紗子(彼女の「うた き」は超いいアルバムっすよ!!! ジョアンは全部かな! だってジョアンが唄ってギター弾いてるし!)とか流されていたら痛みと共に発狂することうけあいだね!

 彫っている方も当然大変だと思うが、彫られている方もかなり体力を使う。短い休憩をはさみつつ、作業は続いていく。途中、ちょこちょこと気軽な会話をしていたが、他のブースはほぼ無言だった。やっぱ男の彫り師に男の客だとそうなのか? それとも俺が単におしゃべりなのか?

 段々と疲れてきて、やっぱ二日はかかるかな、と思いながらも耐えていると、気付けば残りは三分の一程度になっていて、「単純なデザインですし、今日で終わりますね」との言葉を貰い、気合が入る。入るって言っても、ベッドの端を痛みに耐えながら握る位のことだけど。

 もうかなり終盤だ、と言う時に、よりによって NirvanaのHeart Shaped Boxが流れだしてきて、何だかじっとしてはいられず、だって、カートが「hey, wait」って何度も言うんだじっとしてられるのかよ、君。

 
 でも、曲の中盤辺りで、「完成です」という声がして、救われた、いや、嬉しかった。俺は「最後が Nirvanaの曲でよかったです」と、笑顔でこぼしていた。彫り師の方も、多分、意味なく、俺みたいにほほ笑んでくれた。

 少しの最終仕上げやらこれからの注意事項やらあれやこれやを済ませ、会計の時に、改めて7万という金額の重みを感じ、また、目の前の彫り師さんへの感謝が湧いてきた。

「ありがとうございました。うれしいです」とか、そんなことを、作業の途中から、何度も俺は口にしていて、それを口に出来ることが嬉しかったし、素直にそう思えていた。最後も、勿論その台詞を口にして、「失礼します」と店を出た。

 ら、しばらくしてどっと疲れが押し寄せてきた、5時間位彫られていたのだから当然のことだ。とにかく家に帰り、寝る、その前にアフターケアをする。これでいいのかなーと思いつつも、「色落ちとか無料で対応させていただきます」と言っていたので、気分はそこまで重くなかった。それに、シャワーの為裸になって鏡越しに見る自分の棘十字は、すごく、好きだった。

 で、疲れて、終わったらすぐ寝た。

 高校の終わりの頃位、『男の子の名前はみんなパトリックっていうの』みたいに、友達もたいしていない癖に、てか学校さぼりまくっていたくせに、

 男ならやっぱ「みんな」、

音楽はThe Velvet Undergroundが好きで、(でも本当の一番のアイドルはカートだ!)
映画ならやっぱりゴダール、(だけど口に出すのが恥ずかしいから微妙にマイナーな、でもそっちも大好きな監督の名前をあげる)
詩人ならランボー(確定)
洋服ならNUMBER (N)INE(でも高くて買えないよ! あ、Dior hommeとかD&GとかRip van Winkleとかdress33もいいね! 高いのばっかだけど!)
ゲームならFF
写真家なら森山大道とかDiane ArbusとかLarry Clark(今の俺が一番好きなのは、大学の時に知ったアジェだけど)
小説なら、えーと、思いつかないんでいいです。


 とか、そういうもんだとおもってたけど、全然そういうものではなかったし、別に趣味なんて違っててもいいけれど、そういう馬鹿なノリの人は少なかった。運良く友達になれても、俺のクソ短気で駄目にしてしまったり、とか。なんだか、一人でオンラインRPG(実際にしたことないけど)を遊んでいる気分だった。この年になってまで!

 でも、まあ、それもいいかなっていうか、積極的に、それをしなければ、と思うようになってきた。胸の黒い棘十字も、俺が好きな「装備品」の一つだ。芸術やらゲームやらだって、似たような、ステータスの一つ、いや、思考をする為の、快楽を伴うピースって、それだけのことだ。楽しいの、沢山あるってことだ。

 「原罪」なんて信じていないし、「人は皆自由と言う罪に処せられている」とまではいかなくとも、強制的にRPGをしなくちゃならないんだから、芸術系、思考系の「スキル」ばかりじゃなくて、好きな「装備品」もなくっちゃ。

 胸に棘十字があって、嬉しいんだ俺。