悪玉の所業

 騒音が原因で引っ越しをしたのだが、新しい場所でもかなりのもので、俺が神経質なのもよくはないのだが、深夜に騒がれると毎日不眠症になり、ただでさえあわただしく家くらいではゆっくりしたいのに。

 むかついて壁をけったら、穴が。

 自分自身にも相手にもげんなりした。あーあ、また金のことを考えなきゃいけないなんて。もう、色々とどうでもよくなってきたのだが、このまま気分が落ちてもいいことはないわけで。でも、気分転換とかリラックスって俺はとても苦手で。

 俺はどこかで自分の身体について、人ごとというか、翻訳機械のような感じのように思えていて。壊れない程度に大切に酷使しようぜ! みたいなノリで、そのおかげでどうでもよい/よくはない情報を享受できているようにも思えるのだが、マルチタスク症候群というか、その上キャパシティ以上のものを無理やり色々インストールしまくって
いるような。

 ぼーっと出来る幸福。あるいは、頭よりも身体を使った幸福。

 小学校の頃はスイミングスクールに通っていて、部活は水泳や陸上部で、高校生くらいまでは、そこそこ運動は出来る方だったように思う。まあ、最近は酷いものだけれど。でも、たまに感じる、身体を使う/酷使する幸福。

 井上雄彦の『リアル』の最新刊を読む。トイボックスが終わってしまったので、少年漫画的なのりで「続きが早く読みてー!」みたいな連載はこれだけになってしまった。まあ、新作とか雑誌をチェックしない俺も悪いのだが。

 でも、この王道すぎる作品を楽しめていることがうれしい。別に俺はあまのじゃくとかではないのだが、大ヒット作にわくわくすることってあんまりないから。ていねいに書かれたエンタメを身体で感じるような快感。
 
 陸上の選手が病気で足を失い車椅子バスケに目覚めた期待の新星、高校中退のバスケ好きなアウトロー、自動車事故で足が駄目になりエリートコースから落ちたひねくれもの、三人の十代の少年たちが主人公で、新刊では最後にふれた少年、の治療仲間である悪役プロレスラーが、足が動かないのにそれを隠してリングに立つ話で、これまでと同様面白かった。

 まあ、内容は新刊なので触れないが。でも、リアルが好きでよんできた人なら読み終わったら次が気になる感じの「わくわく」を感じさせてくれる漫画だと思う。

 プロレス、というのが長い間よくわからなかった(いや、いまも分からないが)。

 八百長のことをプロレスと表現したり、プロレスラーがテレビで「相手に怪我をさせて怒られちゃいましたよ」と話したり。ショーでもあり、ガチンコでもある、というのが最初は「本気のバトル」だと信じていた(というか八百長という発想がないだろう)し、悪役とヒーローがいるというのもなんだかぴんと来なかった。

 戦隊ものみたいなノリなのだろうか? でもあれは一応子供向け(もちろん大人が楽しんだっていいのだが)ということになっている。プロレスは大人向けのヒーローものってことなのだろうか。

 キリンジの「悪玉」というヒール(悪役)が主役の歌があって、それは歌詞もすごく好きだ。原曲もいいが、横山剣のリミックス版が素晴らしい。というか、リミックス版がめっちゃいいのだが、原曲しかないので、それを。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=D71j2qClyK0#t=4


足に科せられたチェーン 白く光るコロシアム
異教徒のごとく礫(つぶて)を投げられて
勝つことを許されない二流で無名の悪玉(ヒール)
反則負けこそが最高の名誉

打ちのめされたこの背中を
息子のお前もさげすむのかい
今宵こそ、見てろよ

高らかに鳴るテーマと決めぜりふ
“破壊の神シヴァよ、血の雨をふらせ給うれ!”
冷酷なこの世から目をそらすな
このイカサマ試合を出し抜いてやる
興業主(プロモーター)らは席を立つ
罵声うず巻く中に お前の無垢なる笑顔を見い出すのだ

「マイクよこせ、早く!」



『リアル』の中でもでてきたが、プロレス(体育会系)の世界はすごく縦社会で先輩の言うことは絶対で、無理やりだか気まぐれだかで「悪役」は決められる。プロレスに全然詳しくない俺が言うのも申し訳ないのだが、悪役には天性の才もあるだろうが、生真面目な人も適任のように思える。挑発的なマゾヒストのように真面目に魅せなければ、ショーはなりたたないのだから。

 「ヒール」の中のドラマ、演じることの恍惚、傲慢、不安、そういったことらを思い浮かべると、それだけでも感情移入が出来るし、彼らの「本気」というのの一片に、俺も触れられるような気がしてくるから。

 クソみたいなあれやこれやも楽しいような気がしてきてしまう。そうでなくても、その方がいい。身体も、嬉しがるだろう。身体を痛めつけて大切に。

 「マイクよこせ早く」