春の始まりには目を閉じて

 いつものように冬物のアウターで外に出て、電車に乗って駅に着き、少し歩くと汗ばんできて、三月の終わりなのだと肌が知る。日々、ぼんやりうんざりしているのだけれど、外に出ると、歩きながら音楽を聞くと、まあ、どうにかなるような気がしてくるから不思議だ。

The Free Design - Kites are Fun

 楽器とヴォーカルのハーモニーがとても美しくてうっとりする。まるで春の始まり。

Roger Nichols & the Small Circle of Friends - 06 - Love So Fine (by EarpJohn)

 二分間の魔法。ポップソングって、ソフトロックってなんて素敵なんだろう。三分以内、幸福。インスタント・リプレイ。

 ほら、俺が六本木についてから、三分以内に視界に入った人々だってとても楽しそう。何代目何とかソウルブラザーズリスペクトジャージツーブロオラオラ兄ちゃん、判別できない日本語を叫びながら自分の太ももを叩き続ける80年代ケミカルウォッシュ君、パックマンのリュックサックを背負った、チベット僧侶にしか見えない恰好のアジアン系眼鏡君(トップスは檜皮色の前掛け?それに臙脂のローブ?)。母さん、六本木は今日も平和です。

 六本木・東京ミッドタウン サントリー美術館河鍋暁斎 その手に描けぬものなし』に行く。ミッドタウンは空間が広々としていて何だか好きだ。ヒルズはごちゃごちゃしている。とはいえ、自分が寄れるのは美術館くらいなんだけれども。

 ふと、ミッドタウンの敷地内、緑が見える場所でシャボン玉を吹いていたことを思い出す。ちなみに恵比寿ガーデンプレイスでシャボン玉吹いてたら警備員に怒られた。いい年して、止めた方がいいよね。でも、楽しいからまたしよう。警備員以外にもたまに、写真を撮られたりカップルにいじられたり子供にいじられたり宗教の勧誘にあったりすることがあるので、この時ばかりはワイは未来からワープしてきたシャボン玉アンドロイドなんやで、と心を強く持たねばならない。

 会場で一番好きなのは、やっぱ「虎図」正方形の板に描かれた虎はとても良い。また結局虎好きかよ、と思わないこともないのだが、正方形の画面に身体をうねらせて眼をぎょろりと威嚇する虎の姿はとても迫力がある。また、正方形の画面にきちんと収めている技量、虎の模様を墨で黒く、強く表現しているのと、身体の線をところどころ省略しているので躍動感があり、勇ましくもかわいらしい。こういうのを見ると、会場で本物を見られてよかったなあ、来たかいがあったなあと思うのだ。

 また、「瀧に虎図」も良かった。墨画で、瀧の前にいる虎の靄がかった表現と、瀧の力強い流水の筆致が良い。

 「閻魔・奪衣婆図」は、閻魔様を踏み台にする美女と奪衣婆の身づくろいをする美男が描かれていて、キャプションにある「人物は浮世絵風、背景の樹木は狩野派的」というのが的確で、その前にも河鍋暁斎は美醜の対比を好んだと書かれていたが、それがうまく表されていた。

 また、「蛙の蛇退治」や「鯰の船に乗る猫」といった小品もユーモラスで味わい深い。「鯰の船に乗る猫」では、仰向けの鯰の上に煙管を片手にして寝そべる着流しのにゃんこ先生。鯰の髭を持って、それを運ぼうとするのはちんまりとした猫二匹。その二匹の猫がとても小さく、大きな鯰の上のにゃんこは堂々と構えており、動くのかよと思わず感じてしまう。

 どちらかと言えば、墨画の方が好みで、着彩されたものはそこまで好みではなかったのだが、「地獄極楽図」は思わず立ち止まってしまう迫力。閻魔はとても細密に描かれ、その次に地獄の悪鬼が描写され、そして消え入るように周囲に配置された亡者。強い物が一番きちんと描かれ、それを中心にして情景、人物らが描かれるという、わりと分かりやすい構成なのだけれど、これを描ける、というのがさすがだなあと感じる。求心力のある見事な画だ。

 一月で美術館に二度も行ったのは久しぶりだ。一月で「二度も」なんて言うなんて、それほど俺は美術館に行ってないのだなあとしみじみと思う。だって、高いじゃん。どっかで見た奴じゃん。って思ってしまうのだけれど、やっぱり展示を見ると気分が軽くなる。誰かの表現が灯をともしてくれる。希望的観測、というものすら手からはこぼれる。未来は明日は来月は暗澹としていて、しかし眼を見開いていないと、なあ、と思う。

 それにしても頭から情報が欲しすぎてヒートアップしたり、逆に家で布団で寝るかお湯を飲む人生がいい、とかなってしまうのは、もう少しどうにかしたい。

 ポップソング、或いは美術館、シャボン玉。そういった連想は十代の学生めいていて、しょうもないとか気恥ずかしくもあるのだけれど、変われないのは仕方がない。家でなくても、外でも寝られますように。ピクニックがしたいと思う。その時は、質の悪い激安スピーカーでキリンジの音楽をかけよう。キリンジと休日、と考えると、俺の終わらない日々も、まあ、悪くないということにしたい。

 

イカロスの末裔  キリンジ

 

 

イカロスの末裔達の御一行(子供たちのパーティ)

ハイになりたいやつら(遠くまで飛べるかな?)

堕ちる術なら皆んな心得てる

 

 

 最高に幸せな曲に歌詞。数分の音楽で最高に幸せ、なんて俺は簡単に幸せになれるんだろうでも、数分後には最高に憂鬱。そして眠り、から覚めたらまた音楽を聞こう。