大丈夫だよって、なんどでも俺に。

不安事やストレスの種があって、家でぐずぐずしていた。また、仕事を辞めて、引きこもって、なんて思いが頭をよぎるが、それをしたら後が辛くなるのだ、分かっているのに、そんなことばかり考えてしまって、体調不良やストレスやら、

それを和らげるのは頭を使うこと、何も考えないこと。この二つをしないのは、不安状態が自分にとって安心するからだろう。馴染みの、汚れた毛布を手放さないガキの様だ。でも、俺は中年なので。手放さなきゃたまに、居心地の良い汚い寝台を手触りを。

 また、成瀬巳喜男監督、高峰秀子主演の『女が階段を上がる時』を見る。好きなんだ。この映画。高峰秀子は本当に演技が巧くって、この映画では彼女の愛らしさも強さもいじらしさも惨めさも、いろんな面を見ることができる。

 映画で出てくる黒水仙という香水は実在していて、キャロンのナルシス・ノワールという名称らしい。銀座の雇われマダムの高峰の着物姿、美しくて、惨めで、とても好きなんだ。

 幸福な人生が続く、ということを想像するのが難しい俺は、せめて、人間らしくいたいという意志、きちんとしなければという意志が肝要だと思うのだ。まだ、惨めすぎるのは御免だ。惨めだけれど。哀れだけれど愚かだけれど、でも、好きな映画を見ると、美しい人の意志に触れると、惨めさに居直るのは仕舞にしなくっちゃと思うんだ。

 その意志が長くは続かないとしても、でも、とにかく外へ。

 東京都庭園美術館でアジアのイメージ展を見る。台風の影響で休館になっていて、珍しく会期中、初日に訪れることになった。雨に濡れた目黒を歩きながら、面倒くさがりの俺は傘を手に持つのが嫌いだけれど、園内の本館への長い道を歩きながら、小雨を浴びる青々とした木々が目に入ると、まあ、悪くはないかなと思うのだ。

 展示されていた絵画よりも、陶器や工芸品の方が俺には興味深かった。後、どこもそうなのだが、美術館の建物がいい。古めかしくも新しい意匠がある建物全体が、下手な展示物よりも目を引いた。

 翡翠色の大皿に浮かび上がっているような半透明な魚の大皿が良かったなあ。名前をメモしていなかった……馬鹿だ。ふと、実際にはないのだが「おしろい彫り」という刺青の技法を思い出した。体温で刺青が浮かび上がるような技法らしい。あったらめっちゃかっこいいのにな。彫られたいのにな。陶器の皿の中、魚が浮かび上がってきたら楽しいのにな、なんてことを考えてた。

 この会場で、一番好きになったのは、香取秀眞(かとり ほつま)作の「鳩高炉」という作品だった。青銅(銅色)の鳩の高炉で、パンフレットの表紙にも載ってるかわいい作品。1954年に亡くなった、この人の晩年の作品らしい。

これさ、実物見たら写真の何倍も素晴らしかった。本当に欲しくなった。写真でかわいさ、は伝わるけど、実際に見ると立体、造形の存在感、重さが分かるんだ。かわいらしい、だけではない銅のマッスとシンプルな飾り模様がとても良かった。あー実物を見られて良かった。立体物は特に、実物を見てなんぼだ。逆に、写真の方がよく撮れてますね……ってのもあるからね。何でも現物見ればいいってものでもないかもしれないけれどさ。

 でも、普段は工芸品や陶器の類ってあまり見ないから、楽しかった。自分の経験値が低い物って、戸惑うけど、でも、楽しいな。自分が新鋭だって自覚する瞬間。中年の新兵。空元気だけじゃあ、耐えられなくなってきている、でも、また、何かを見に行かなくっちゃと思うんだ。

 野田彩子さんのツイートで、あ、会期終わっちゃう! と気づき中野の墓場の画廊の「無限のリヴァイアス」展を見に行く。原画やら設定資料やらが並んでいて、それらの多くははわりと(ファンなら)見たことあるかも、な気がしないでもないのだが、でも、俺この作品マジ大好きなんだよね。

 ロボアニメなのに、主人公がロボに乗れないんだよね。友人で敵対する優等生君といがみ合っているけど優秀な弟は操縦できるのにさ。でも、この平凡だけどいいこちゃん、いや、わりとダメかもしれない、な主人公がきちんと男の子向けアニメの主人公として生きていく、その生きざまが好きなのかもしれない。わけわかんない状況で、不利な、不当な扱いをうけても、めげない。ロボットには乗れなくても、少年漫画の主人公=戦う主人公、してるんだ。好きなんだ。

 あと、このアニメって結構エグイ設定が多くて、鬱アニメなんて言われたりすることもあるけれど、最終話が丸々一話分エピローグで、キャラの成長や和解が描かれているのがとても良いと思う。見終わったら不思議な爽快感があるんだよね。それで、また見たくなって、気分が落ちてきて、最終話で少し回復。永久機関

 俺は、多分創作物、作品の中に色んな要素があるのが好きなんだと思う。だって、酷いことも楽しいこともあるから。普段の生活って、特に俺はうんざりしてしまうことばかりだけど、でも、アニメの映画の物語の登場人物みたく、楽しいふりも哀しいふりもできていたら。ずっと腐っているような役なんて、誰も好きじゃない。俺も。

 嘘でも、大丈夫だよって、なんどでも俺に。