お前まるで労働みたいな顔してるじゃねえか

割と真面目にこれから先の身の振り方を考えていた。

 二百万程度で、初期の運転資金も含め、お店が開けそうなことが分かった。
 しかし、その描いた「俺の店」で一年持つか?と考えたら、絶望的だと思った。絶望的だ。儲かるわけがない、というか、はなから儲ける気が無いのは致命的だ。まあ、儲けられる、一見さんが入りやすい、綺麗な店を作るなら、業者の手が入るし、それなりの物を揃えたいし、最低でも五百万程度は必要っぽい。そんなに借金を被るのは、無理だ。返せないもん。二百万程度なら、まだ返済にしても現実味がある。

 お店の名前は「人工庭園」もいいな、と思った。ボードレールの『人工楽園』はとても好きだし、アリプロジェクトの『幻想庭園』も好き、ゲームのオウガバトル空中庭園ってステージの名前も好きだ。

 っていうか、人工という冠するものが好きだ、俺だって、まあ、言い方によっては、人工青年なんだけれど、自分をそんな名前で呼ぶのは流石にナルシシズムが過ぎる。でも、人工って言葉と人間って相性がいい、人工少年、人工少女、人工青年、人工青年、人工壮年。

 俺の人工庭園、商売をする気なんてないんだから(あっても学生模擬店ノリ、てか、「聖人売買」って店名もいいな、と思った。こんな名前で客が入るか?)失敗するのは目に見えている、のだから、新しい勤め先を考えなければいけない、のだが、新しい場所へ進んで卑屈になりに行く、っていうのは酷く億劫だ。あと十日で失職。

 というタイミングで出費が続く、というか、歯がいつまでたっても治らない、ファック歯医者!五回も通ってるぞ!今更鞍替えするのも面倒なんだよ!患者のことを思っているのか、表面上はそう見える、けれど。

 とかなんとかしているうちに鍵をなくした。俺はこれまでに財布クレジットカード銀行のカード携帯電話、をなくしたことがある。鍵だけは初めて。忘れ物王へとこれでまた一歩近付いた。大家に言うと、錠の交換で一万五千、鍵の製作で四万かかる、と言われた。目の前が暗くなった。とにかくスペアキーをかりて家に帰り、ネットで検索すると、錠の交換は一万五千円だが、俺が持っている割とピッキングに強い(らしい)シリンダー鍵と全く同じタイプのものは八千円で制作、複製なら三千円だった。一番高いカード式のだって二万とかだった。何故か、大家は俺が電話した最中ずっと、笑っていた。意味が分からなかった。怒りはなかった。そういう人もいるのだろう。とにかく、俺の気分は最悪だったが。

 安心すると同時に、身体中から嫌悪が漏れ出てきた。何で大家はあんな嘘をついたのだろう、とずっと考えていた、とか、バイト先の、俺のことを心配するポーズだけして、搾取しようとしている人々、そんな人ばかりでは無いことくらい理解しているけれど、根気のない俺は色々なバイトを渡り歩いているので、何人も目にして来たのだ、そういった人とは、本当に、会話をしたくないのだ。

 翌日人の込み合う(ふぉーえばーつえんてーわん九十分待ちですって!入らなかったけど)渋谷原宿に電車で向かい、バイトの時間を気にしながら走り、人ごみを掻き分け、往来に迷惑をかけ、顰蹙を受け、買い物をした店に全て向ったが、全て無駄だった。失意のまま、と言うわけではなく、ようやく俺は現実を飲み込み始めていた、そつなく仕事をこなし、ふらふら、しないで帰った、家に、何故か鍵はあった。散々探したはずだったが、あった。嬉しくなんてなかった。悲しくもなかったけど。

 翌日、というか今日、大家に鍵を返すと、五万円するからね大切にね、と言われた。俺は「この前四万って言っただろ」と思い、言わなきゃいいのに、大家みたいな笑顔で「ネットでは全く同じ物が(以下略)」と説明をまくし立てたら、大家はひるんで、ぶちぶちとなにやら口にしたのだが、「とにかく見つかったので大丈夫です御迷惑をお掛けしました」と口にして戸を閉めた。お金がそんなに大切か、と思った俺は銭金に愛憎を燃やす。

 真面目に、といっても、もう少しだけ、バイトに力を入れようか。
 いや、しばらく、好きなだけ、寝ていようか。どちらもぼんやりと頭の中にあって、決断を下さぬまま時間は過ぎる。

 けれど、ふと、気分が良くなるときがあって、「やるべきことなんて何もないんだ」って、しばし、全身で理解できるのだ。俺の身体も捨てたもんじゃない。

 俺はすごく気分が良いと、比喩ではなく、眉間の奥の辺りがむずがゆくなり、口を半開きになって恍惚となる。気狂いみたい、だが、自分がやや病的だが病気ではないと理解している(つもりになっている)。俺は身体にもう少しお付き合い願いたい、と思う。