雑踏

髪の仕上がりがどうしても気に入らず、失敗するかも、と思いつつ自分で髪を切れば途中までは「あれ、いいんでねえの?」と思うけれど切り進めていくと段々変な髪形になり切った髪を戻すことはできないのだから修正するには髪を切らねばならずどつぼにはまる、ということをここ五年近く、五年! 五年? その間に数回は美容院に行ってはいたけれど、それにしても酷い! 学習しない俺。

「髪形が気に入らないから働きたくないです」等と馬鹿なことを思いながらも応募だけはするものの先方からは返事はなく生殺し状態でメールチェック(面接可なら電話が、お断りならメールが)を何度もしつつ、その合間に西村賢太の読んでいなかった小説三冊を読み終え、やるせない気分になった。予想していたことだが、彼に初見以上の輝きを感じることはないだろうと感じ、また、良い知らせはこないのだろうとも。

 そもそも面接してくれたって、仕事をしたいわけでもないのだ今になったって、って何度思っているのだろう? 学習しない俺。

 気分転換、というかパソコンに貼りつくのは良くないと、駅の求人フリーペーパーを求め新宿まで出た。勿論それだけが目的ではなく、前々から気になっていたブックサロンオメガに行こう、と思ったのと、久しぶりに新宿の街を歩きたいと思ったのだ

 以前数ヶ月だけ新宿で暮らしていた。引っ越したその日に「こんな場所ではとても暮らせない」と思い、翌日に不動産屋に転居する旨を伝えた。相手はびっくりしていた。俺もびっくりしたよ。まさか自分がそんなことを言い出すなんてね!

 その頃も求職中で、しかも引っ越し先も同時に探していた。しかし、今よりもまだ、変な余裕があったような気がする。大学出たてだったからだろうか。気のせいかもしれないけれど。

 住んでいる場所から新宿駅に向かう時には、そこを通るのが最短距離なので、ホテルとホストクラブが乱立している通りを歩いていった。朝早くにそこを通ると、明るい景色に似合わない、客と一緒に歩いていたりふざけあったりしている南国の鳥のようなホスト達とすれちがう。ホテルの前に「学歴不問月給20万以上」と書かれた看板があり、通るたびに目にとまった。金額に目がくらむが、働いている姿は想像できなかった。派手で大きな看板を見て「あーこんなんか」と思った彼らにだって当然。

 目的の店は大久保駅が最寄り駅とのことで、歩いて新宿から向かった。地図があっても迷う方向音痴の俺だけれど、さすがに短期間とはいえ住んでいたのだから迷わずに駅にはついた。当時と変わらない、(普通に関わる人にとっては)漫画みたいに派手で安全な街。そして地図を見ながら店に向かおう、としているのだが中々たどり着かず、気づけば最寄駅から徒歩一分の店の近くで30分以上経過、もう一度調べるしかないと近所のネットカフェに向かうと、PCが全てハングル表記で、ここ日本ニダ。カムサハムニダ。以前百人町の別のネットカフェを利用した時には日本のもあったのに! 初めて見るよハングル表記のキーボード! しかもトップページにもツールバーにもヤフーとかグーグルないし! クリックしても変なサイトにしかいかないし! てかハングルだから何を言ってるのかもわかんねーよ!
 
 で、ふと、ローマ字で直接yahoo.co.jpと打ち込むと、なんと! 日本のサイトが出てきた! 当たり前ですかそうですか。

 その後は難なく目的の店には着いた。普通のカフェを想像していたのだけれど、実際のお店はマンションの中にあった。気の合う仲間の社交場、みたいな空間だった。当然のことながら初めてで、しかも一人で、元々読書を目的に来ているのだから、とりあえず本を読むしかない。薄暗い店内で小説を読む気にはなれず、店にある写真集に片っ端から目を通す。買おうか迷っていた恋月姫天野可淡の写真集を目にしながら、きちんと仕事をしていたら全部買っているのかな、と思う。仕事をして週末に好きな店に行く、とか、いいのかもしれないけれど思い浮かべることができない、吉田良四谷シモンもあった。読んだのもあったが再読。なんだか人形を作りたい気分、人形を作ってリハビリすんの人生の。

 ってな不可能なプランがぼんやり浮かび、森山大道とかBURSTとか中原淳一とかあんま好きじゃない外人のインスタレーションとかを読んで、そろそろと退室、する際に一切言葉を交わしていなかった一人のお客さんから「四谷シモンとかお好きなんですか」と聞かれ、その人のいるカウンター席からは俺のいた位置は見えなかったはずなのにと訝しみながら同意すると、その人は新宿で四谷シモンの展示があり、本人にも話ができることを教えてくれて、礼を言って俺は店を出る。

 俺の部屋にはシモン作のキリストにしかみえない男の写真が貼られてある。そうだ、会いに行くよりも先に、自分の為のキリストを作らなくっちゃと強く思う。帰り道、行きにも通ったホテル街を通ると、かなり昔からある、ような気がする、活気づいているようには見えないけれどずっとつぶれていないバッティングセンターが目に入り、軍鶏という漫画のシーンが頭に浮かぶ。

 親を殺した優等生が空手を覚えて悪いことしながら格闘家になる、という(前半というか十数巻位まではとても面白い)漫画で、少年院から出た主人公を世話するヤクザは、バッティングセンターに不釣り合いなスーツ姿でバットを振るいながら、悪い仕事から足を洗いすっかり格闘家らしくなった主人公に、自分が以前高校球児で白い球を追っていたのだと告げ、また、審判の判定に逆らってボコって、それいらいこんな調子だ、と、両親を殺し、しかしヒールであっても格闘家を目指すた主人公に「俺たちはスポットライトの当たる人間ではない」というような意味の言葉を告げる。

 俺は職を転々としていて、その間に「君は何でこんな場所にいるんだ?」「私みたいにならないでね」といった言葉を、何度か掛けられたことがある。彼らは必ず、半笑いでその言葉を口にしていた。もし、自分がだれかにその台詞を言うことを考えるとぞっとした。漫画のような台詞、前後の文脈の助けを受け、感情移入ができなければその寒さに耐えられない恐るべき台詞。それは、凍傷のように痛覚を介さずに、身体を蝕んでいることがある。メロドラマの恐るべき作用。私的でつまらないコメディに投げ込まれていることを意識してしまうのだ余裕がない時に限って!

 しかし結局のところ俺は出来の悪い漫画のような日々をお寒い言葉を凍傷を雑踏を戸惑いを好んでいて、漫画のような、週刊発行の商業誌のような新宿にまた住みたいと、そこで仕事がしたいと思っている。雑踏はヴォコーダー、シュゲイザー、ノイズミュージックのように、俺に優しい。

 帰りの駅で求人情報の冊子を取ろうと思ったが、全て空になっていた。それでいいのだと思った。