シャンパン色の頃

「定員一名に八十名以上応募が来て、さすがに早々に締め切ってしまって、それで面接の方も集団面接で行いまして、それでもよろしいでしょうか?」

 余裕のない喋り方の、断ってくれと念を送る担当者の電話を受け、ああ、こりゃあ無理だ。そう思ったが、何故だか俺は「はい、お願いします」と言っていた。

 馬鹿にでも出来る仕事に、こんなに人が集まるんだ、と、少し驚いた、というか、俺みたいな駄目なんが、やっぱ、相当数いるんだ、と思った。

 履歴書を書く、のに、11回も失敗した。二回もコンビニに買いに出た。自分でも驚いた。下らない間違いばかりして、遅々として進まず、訳が分からないのだが、俺はそれをこなし、結局、ただの、貧相な履歴書を書くのに、三時間もかかった。普段ならば、書きなれているので、一枚も失敗はしないのに。特に理由がある、というわけではないだろう。そういう時もある、んだろ?

 昼に100円ショップで、パスタにかけるソースの、「カニ」味を見つけた。カニ。ひゃくえんでカニカニがそんなに好きなわけではないはずだけれど、それを見ると無性にカニが食べたくなり、一年近く前に見栄っ張りの友人との食事で食べたオサレ店のワタリガニのクリームパスタ(だったと思う)の味が脳内に蘇りカニフィーヴァー、淡白で仄かな甘さを持つ肉に染み込む濃厚なソース。カニ イズ フォエヴァ 後ろの原材料をチェックしたら、入っていた、カニカニ風味じゃなくてカニ。フォーエヴァー。パスタにかけて食べたら、クリーム風味の塩水の味がした。

 しかし、数年前はこれに輪をかけた貧しい食事をしていて、でも、単に金欠だっただけではなく、欲し物がありすぎて食べ物なんかにお金を使いたくはなかった。ほとんど毎日クッキーばかり食べていた。カロリーが高いし安かったから。

 丁度その頃、シャンパン色の髪にしていた時がある。ロレアルの箱にそう書いてあったん、シャンパンって。ブリーチしまくって傷みまくった髪に、染料は良く染みた。もっさりとしたボブに、作り物みたいな、輝きの無いシャンパン・カラー、かぶり物みたいな、ていうか、知らない人から「それってカツラですか?」とか聞かれた。面識ない人に失礼な人だな、と穴のあいたズボンを穿いて思いながら、マネキンみたいな微笑で「自毛です」と言った。

 きちんとしたトリートメントをしなかったから、シャンパン色はすぐに落ち、傷んだ金髪が残った。それはそれでよかった。いつまでも偽物のシャンパンが良かったけれど、偽物の金髪だって好きだった。

 髪を染めようかな、と思った。茶髪以上の。もし、髪を酷く染めたら、残された仕事の選択肢は躁病電話かけや肉体労働とか、俺が最も苦手なものになるだろう。でも、髪がシャンパンとかならば、身体に花々があるみたく、素敵な生活が待っている。ショウウィンドウの向こう、というよりも廃棄されるマネキン・コスプレができる。毎日をちょっと楽しくするには日々のお洒落から、でしょ?マネキンみたいなら、俺は自分がちょっと好きだ。

 とりあえず「はちじゅーぶんのななじゅうきゅう」になってから、その後で考えようと思う。