ラストセカンド・チャンス

色々とこなしていた。おえー。でも、これからの展望があるわけでもないし、勿論無職。

 何度も思っていることだけれど、やっぱここいらでどうにかしなきゃなーと思う。どうにか、って? そんなの知るか。

 例えば、期間を決める、とか。今は26.来年には27.カートと同い年なのがいいけれど、でもさすがに後一年ってのは、きついなあ。でも後一年頑張ろうと思うと、何だか心が軽くなる。

 それに多分、今、俺は一番小説を書いている。まあ、その多くが描きやすい冒険小説だとしてもだ。一応覚悟が決まって、今までだってそこまで気合が入っていなかったわけではないけれど、でも、今の方がなんか色々書いている。書いていて楽しいと思う。

 少し前に名和晃平の展示を見た。欲しいなあと思うような作品だった。あんまり現代アートで活躍している人のって、そう思わないんだけど、でも彼のは欲しかった。

 ポップな草間みたいな彼の立体作品。光によって見方を変える、愛らしいガラス玉の集積。

 ふと、これ作るのに金かかるなあと思った(別にこれに限ったことでもないけど)。でもギャラリーを出た後で友達に「今買い手が沢山いる人だからねー」とごくまっとうなことを言われた。うん、そりゃそうだ。それは、いいことだと思う。

 美術作品を作るのには金がかかる。映画でも舞台でもアートでも。特に画廊システムプラスの「アート」は、嫌な気分にすらなってしまう。俺が文章を書いているのも、多分一番金がかからない、一番根性無しでも出来る方法だからだと思う。幸福なことだ。好きな物を形にしやすい「かのような」気分になれるのだから。

 沢山書いている。とはいえ、途中で書けなくなったものもあるし、一日に書く量にも限界がある。頭の切り替え、遊びも大切だ。

 きっと、仕事とやるべきことを両立するのが大切なのだろうけれど、でも、それが出来る人と出来ない人がいるだろう。俺は多分出来るんじゃないかと思いながら、くたばってはいないけれど、あんまり情けないのも頭が悪いのも、ほどほどにしたいと思う。

 ラストチャンス、なんて考えると、気持ちが楽になるし、ゲームみたいで面白い。最近やっと、食事の主食がおかしになった。数年前はそれが普通だった。体調管理や精神面で、食事はしっかりとるべきだと今でもそう思うが、でも、まあ、ゲームで全部の「パラメーター」を都合よく上げようなんてできない。どれかは切り捨てなければならない。

 ラストチャンス。で、ラストって何? いつでもそのラストが、セカンドになればいい。ラストセカンド・チャンス精神で。将来が平穏無事に、アルバイトでも長く続けられるような状況になるような見通しが全くなくても、ラストだったら頑張れる。きっと、それが何度目かのセカンドチャンスになるように。

 書くのは楽しい。でも、他の事も楽しめる。足元が明るい時なんてあったのだろうか? それは自分でそう決めているからだ。外部の要因があるにしても、でも、俺は薄暗いと落ち着く。やましさ。やましいと思う。あと、色々楽しいと思う。

 グッド・グッド・バイ精神かラストセカンド・チャンス精神が消えなければいいなと思う。こればっかりは分からないけれど、でも、今はとにかく遊んでいて、それで、ある一面ではラッキーなんだと思う。どこがだ。