Comment ça va? って、見てないんだよ俺この映画

 試験管とドラゴンを殺すことばかり考えていて、いや、ドラゴンを殺しながら試験管の事を考えていて、アマゾン様で買うと一本70円なのに送料が500円とかわけわからんことになるので、数年ぶりに、秋葉原御徒町の中間にある理科屋さんに向かう。

 初めて友人に連れられてきた時には、もう、スゲー興奮してしまって、だって、試験管とかフラスコとかビーカーとか実験器具あるしでも俺理系じゃない、からこそ、こりゃあ錬金術師目指すしかねえなと、テンションダダ上がりで物色すると、試験管は一本百円以下なのに、フラスコになると急に三千円とかの値段がつく意味不明な値段設定で、本当は三角フラスコに薬品入れたかったのにホムンクルスとか作りたかったのに、泣く泣く諦めて、その時は数本の試験管とコルク栓だけ購入した。

 でも、試験管が足りなくなってしまっていて(は?)、ちゃんとネットで場所を確認して、久しぶりに訪れると、なんとゴールデンウィーク中なのにもかかわらず、臨時休業になっていて、意味が分からなかった。書き入れ時って奴じゃないのか? 小さい子(とか俺)が親に連れられて来るんじゃないのか理科屋さん?

 そんなテンションダダ下がりのおれを救ってくれたのはB●●k ●●F、の本が全品20%オフセールで、俺、セールがすごく好きで、というか物を買うのがとても好きで、最初はへーセールか、位に思ってたんだけど、いやあ、もう、楽しいわやっぱ馬鹿みたいに買うの。本当に楽しい。掘り出し物探しも、対して必要ではない物を買うのも。

 御徒町秋葉原新宿池袋渋谷、とB●●k ●●Fのはしごをしまくって、漫画四冊、雑誌二冊、文庫本十一冊、その他の本十五冊ビデオ二本、いやあ、こんなにしてどうすんだ、って感じがたまらなくって、疲労感に呆然としながら、しばしの充実感を味わう。どうしようどうしようもない、ってのが好きなんだよね俺馬鹿じゃねえの?

 その中の一冊に、俳優のツマブキ君の写真集があった。でも、俺は彼のファンではないどころか、彼の出ているドラマも映画も一本も見ていない。ならなんで買ったのかというと、百円だったのもそうだが、その表紙の、若すぎる、十代のツマブキ君を目にしたときに、何だか手が伸びてしまっていたのだ。

 俺が高校生の頃、東京ストリートニュース、ストニュー、というイケてる高校生情報誌(笑)があって、俺は関係ないのだが、兄が購読していたので、俺もその雑誌をずっと読んでいた。ツマブキ君はただの高校生の当時から誌面ではスター扱いで、笑顔が素敵な、画に描いたような好青年ぶりに、自分とはあまりにも違いすぎる彼に、ほんの少しの憧れのようなものを抱いた、ような気がする。が、忘れた。

 でも、彼が「美形芸能人」ではあるから当然と言えば当然なのかもしれないが、笑顔が素敵な人は男女問わず、なんかいいな、と思う。それはその人が動物のような愛らしさを見せるからかもしれない。作為の無い、自然な笑み。

 困ったように笑うね、と何度か言われたことがあって、そういう時は大抵困ってんだよ、と「困ったように笑う」しかなくて、自分で自分の笑顔の確認なんてしたくもないのだが、何度も言われるってことは、やっぱりそうなのかなとも思う。

 写真集の中のツマブキ君は、とても自然な表情で、若々しくて、今の彼も十分素敵な俳優、のような気がするというか全く知らないのだが、あの瞬間の、十代の輝きというのが満ちている、飾り気もセンスもたいしてない、ファン向けの、小さな、いい写真集だった。

 十代の輝き、とかばかりが称揚されるのは、多分生まれつき若くない人が多いからだと思う。「私は生まれつき年老いた」、なんて告白はちょっと「文学的」過ぎて首をかしげてしまうのだが、本当に、十代のまま、若いまま大人になるってことは、きっと、恐ろしい事かおぞましい事になるだろう。ちょっと怖いと思うよ俺、この微妙な年齢抜きにして、ずっと思ってる子どもでも大人でもない、ずっと、年老いることが出来ないのに、少しずつ死んで行くんだって。いっつも怖いのに、それでも、十代でいたいの?

 そんな気分で、家で、ぶちまけた本に囲まれながら、ビデオの「くまのプーさん」を『聖遺物崇敬の心性史』を読みながら見ていると、ふと、急にこのビデオを前にも見たことを思い出した。

 その時に俺は幼稚園に上がるか上がらないか位の年で、俺よりもさらに年下らしき、フランス人の男の子の家で、その子のベッドの上で二人で見ていた。記憶があいまいなのだが、どう考えてもその男の子と意志の疎通ができていたというか、言葉からして共有していたとは思えないのだが、二人で夢中でプーさんを見て、彼のお母さんから一つだけ言葉を、フランス語を教えてもらったのは、はっきりと覚えている

 「Comment allez-vous」

 コマンタレヴ、ごきげんよう、ご機嫌いかが? 俺は日本語も喋れる彼のお母さんに、そして迎えに来た母に何度も言う「Comment allez-vous?」

 気分は最低で、でもそうでもないよ、いつだって、そんなものだ、なんてあの頃のおれは思っていないで、新しい事に夢中で、その後そのフランス人の男の子とは二回くらいしか遊ばなかったような気がするが、新しく出来た友人の家がその子の家のすぐ近くなので、通り過ぎる時に、たまに思う、彼はどうしてるのかな「Comment allez-vous?」

 俺は同窓会に出席したことがない。多分、あれはご機嫌いかが、と共有したい人らが、生まれつき若くない人が行く、楽しめる場だと、多少のやっかみ交じりで思う。知らない人に会わない人に死んでしまった人にこそ向ける言葉だ、「Comment allez-vous?」そうだろ? 生きている人には優しさを、死者にはユーモアを。

 ツマブキ君にはなれないし、なりたいと本気で思ったりなんかしなかったけれど、俺はそこそこ最悪で、でもまあ、困ったように笑えるならまあ、大丈夫多分きっと、竜も殺せるし、その内、試験管も買いに行けるだろう。「Comment allez-vous?」、とモニター越しに。