君が迷妄を払い迷宮に誘う

今年に入ってから何か月も、状況は悪いまま、ってことばかり書いていて自分でもうんざりしてしまう。でも、改善されないどころか、もっと悪いことになっている。仕事は決まらないし、たまに入るやつだって、この状況かで激減している。

 おまけに多額の保険料の支払いやドライヤーは壊れるし、冷蔵庫から水が出て、一応応急処置はしたはずなのだが、普段しなかったはずの異音が頻繁にするようになる。

 金ばかりが出て行く日々。気分が良くなるわけがないのだ。かなりまいっている。

 でも、落ち込んでばかりいるとさらに状況が悪くなるだけだ。ぬるい地獄に底なんてない、どんどん落ちて行くだけ、ならばその最中に読書等。

アクセル・ハッケ『クマの名前は日曜日』読む。日曜日の朝に僕のベッドにやってきた、クマ。名前は日曜日。僕らはいつも一緒の親友。なのに、クマは何もしゃべらない。
ある日、僕はクマになる夢を見て……
ユーモラスで可愛らしい物語。絵もとってもかわいい。

安野モヨコ 選・画『晩菊』読む。太宰、谷崎、芥川、森茉莉他、文豪が描いた、女性が主役の八つの短編を集めた一冊。小説もそうだが、安野モヨコの挿絵がとても良い。こういう漫画家がテーマに沿って古典作品を選んで絵を添える、みたいなのはとても良いと思う。他の人のも是非見たい。

小説や音楽ならアンソロジーって結構あるけど、漫画家が漫画を集めた一冊って中々ないかも。それを思うと江口寿史責任編集(だった)コミックキューって凄く豪華で素敵な雑誌だったなー。漫画家が好きな漫画を集めた本が読みたい。

ホウ・シャオシェン監督『黒衣の刺客』見る。唐時代の中国、女道士に預けられた少女は暗殺者になっていた。狙うはかつての許婚にして、暴君。台詞が少ないのに、固有名詞の多さと説明不足で、どういう場面か非常に分かりづらい。でも、映像や構図、美術がとても良く時間の流れが緩やかで優雅。

『ウォーハウス夢幻絵画館』読む。スキャンダルや貧困等とは縁のない生活を送ったらしく、資料も少ないそうだ。ラファエル前派に近しい画風の彼の作品しか知らなかった、でもそっちの方が好みだ。彼好みの、似た容姿の美女。力強さと憂いを帯びた女性達が、神話や詩文を再現する様を堪能できる

 この人は描く女性の顔がかなり似ていて、同じモデルで全ての画を描いたと言われても信じてしまうほど。好みのミューズを舞台に上げるタイプの画家。好きなことが、フェティッシュがあるというのはいいことだと思う。

泉鏡花原作 宇野亜喜良 山本タカト画『天守物語』読む。画集と言ってもいいくらいに、画が多い。泉鏡花の優雅で怖ろしい怪奇に、山本タカトの淫靡で蠱惑的な挿絵が相性良すぎる。しばしば手が止まってしまう、幸福な一冊。

アクセル・ハッケ『僕が神様と過ごした日々』読む。ある日神様に会って不思議な体験をする。よくある話ではあるが、ユーモラスで面白い。神様は言う「人間は神様と向き合うふりをしながら、結局のところ、自分自身と話している(略)自分たちのイメージする神だけが大事なんだ」って台詞は俺も同感

『怪異幻魚譚 釣魚の迷宮』読む。谷崎、澁澤、岡本かの子他。日本は水に恵まれているからか、魚にも縁が深いのか。収録作品もそうだが、幻想的な作品は海魚ではなく川魚が主題なのばかりらしい。太宰治の『魚服記』は再読しても哀しくさらりとした美しさがある。

生田耕作発言集成 卑怯者の天国』再読。彼が好きな俺からみても、偏見や暴言が見られるけれども、この人の言葉や生き様が好きだ。芸術至上主義の偏屈男。文学や翻訳を学び愛しているからこその、厳しい言葉は胸に来る。冗談めかして、岩波書店が一番嫌い、ポルノ文学を出してないからってのが好き

ロジェ・グルニエ『黒いピエロ』読む。己の人生に失望する男が眺めるメリーゴーラウンド、幼き日を回想。何かを成さなかった男の視線だが、冷静で老成している。金持ちの友人、恋心を抱く女性、悪友、皆戦争や生活で静かに崩れてゆく。賢明で何もない主人公だけが失意のまま息をする。乾いた円環に浸る。

 これといって劇的なことが起こるわけではないけれど、人間の人生というのは、誰でもそれなりにドラマチックだ。そういうこまごまとしたことから、ショッキングな出来事まで、丁寧に、冷静に語る姿、それでいて感傷的になる主人公の姿は痛ましさと爽やかさがある。派手ではないが良い作品だと思った。

ミヒャエル・ハネケ監督『ハッピーエンド』見る。イザベル・ユペール、ジジイ、少女の演技が凄く上手い。愛と欲望と献身があるはずなのに、表面的な解決しかできない、辛い展開は映像の美しさと共に胸を刺す。人間のエゴと愛の怪物という一面を、こんなにも鮮やかに描き続ける監督に敬意を

 ハネケの映画はいつも見る者を揺さぶる。監督は意地が悪い、でも問いかけ続ける。その真摯さと、映像のうまさでついつい見てしまう。

 この映画の登場人物は誰一人として幸福にならない、いや、望む幸せにはたどり着けないと言ったほうが適切だろうか。ネタバレになるが、ラスト老人が助けられてしまうことすら、自殺を邪魔される「アンハッピーエンド」に見えてしまう。人々のエゴと愛がぶつかり合い、取り繕う。それはきっと、映画の中の複雑なブルジョワジーだけではなく、俺らも同じなんだきっと。それでも、監督は映画を撮る。生きている限り人生は続く。

 もうそろそろ駄目かもしれないとか、どうしようどうしようもない、なんて毎日のように考えてしまうけれど、誰かの生きた証が、小説が映画が芸術が、迷妄を払い迷宮に誘う。どちらにしろ迷子。迷子の人生。