希死念慮が揺籃なんて 戯言はやめて

数週間前に比べたら、大分調子が上向きになってきた。俺の上向きってのが、多分元気な人の普通かやや気分が優れないって感じだと思うから、順風ってわけではないので頑張ろう、

 って思ってたら、まさかの仕事先でコロ助ナリィ疑惑の人が出て、テンションガン下がる。俺は症状でてないけど、この先そこで働く(そりゃそうだ)のもげんなりするし、自宅待機になっても保証がないだろう。

 考えれば考える程悪いことしか浮かばない。でも、どうにか前に進まなきゃな。少しだけだけど、小説をかけていることだけが明るいことで、小さな幸福でわりとどうにかなることもあるって、俺は知ってるんだ。

 雑記

天気が良いので数ヶ月ぶりに上野と秋葉原を歩く。それなりに人が多い。欲しかったカワウソのガチャガチャが手に入ってとても嬉しい。黒いオルフェのDVDと桃のチョコレートと本とゲームを買った。読みたい見たいもやりたいものが多くて嬉しくて困る。

 人が多い場所が好きだ。雑踏が都会が好きだ。友人やお金がなくても、ざわざわがやがやごみごみきらきらした景色が好きだ。少し前までは、当たり前に色んな場所に行けた。それが今は難しくなっている。東京の感染者(陽性者)がずっと似たような数字を推移しているのなんでだろ。

あ、電車の座席に座らなくなったなー。

『かわいい こわい おもしろい 長沢芦雪』読む。江戸時代に高い人気を誇った、円山応挙を師匠にした芦雪。師匠譲りの高い画力と、若冲蕭白に近い大胆さを持つ芦雪の魅力に迫る。辻惟雄が前者に対応して人工の奇想と評したのは興味深い。ユーモアとすさまじい画力にわくわくする。見所ばかりの一冊

 芦雪の虎の画ほんと好き。水墨画の毛の表現、迫力とふわふわ感が本当にすさまじい。以前本物を見られてよかった。本を見て、本物を思い出すことができるから。好きな画家の動物の画はたいてい大好き。というか、俺が動物、毛皮を着たけだものたちがとても好きなだけかも。

大村しげ『京のおばんざい』読む。季節と行事を追って作る京都の家庭料理。京ことば、話し言葉で語られる料理はとても美味しそう。千枚漬けの最初の「かぶらの皮をごつうむいて」だけで情景が目に浮かぶ。あとがきで著者が、戦前戦後で料理は変わり、日常を若い世代に残したいと語っており、胸にくる。

 この本はとてもよかった。いわゆる京都紹介本、みたいなのは山ほど出ていて、俺も好きでちょいちょい読んでいるのだが、その中でもかなり良い本だと思った。それは、筆者が京都で生活をしていて、それを大事にしているのが伝わってくるから。なんだ、そんなの他の本でもそうじゃん、ってなるかもしれないが、京言葉で語り掛ける、という文章がとてもいい。自分の生活としきたりを大切にしているってのが伝わるんだ。日常を大切にしている人の文章は、楽しいんだ。

映画『ザ・プラネット』見る。アルゼンチンの音響派ミュージシャン、フェルナンド・カブサッキが実在しない映画の為に作曲した作品を元に、19名のアルゼンチンのアーティストがアニメーションを制作。抽象画のような表現からコミカルなカトゥーンまで。音楽がとても良い!大好きな初期トータスみたい!

 これは、音楽がとてもよかった! マジで1,2アルバムの頃のトータスっぽい曲があった(俺なりの最上級の誉め言葉だ)音響派大好き。というか、ジョン・マッケンタイア最高。長く続けているから、俺は一番初期の荒くってエモーショナルで暖かくてちょいミニマルな作りが大好きだが、この人の音楽はそれに通じるものを感じた。cd欲しいぞ

チェコのアニメ監督、カレル・ゼマン『鳥の島の財宝』見る。ある日、美しく平和な島に黄金がもたらされ、人々のいさかいのもとになるが…… 人形や切り絵のアニメーションは、どこか懐かしさと不気味さとかわいさを感じる。派手で美麗なアニメもいいが、ちょっと怖くてワクワクする、味のあるアニメ

ウィリアム・クライン監督『モード・イン・フランス』また見る。フィクションとノンフィクション風の映像が刺激的だ。ひねくれた愛国心、ファッション界への愛情。モードは大衆のもの、とは言え特別で虚構で素晴らしいもの。豪華な出演陣ときままなモデルを見るだけでも楽しい。

朝にウィリアム・クラインの映画見て、午後も銀座で彼の映画を見る『モダン・カップル』未来のフランスで、新しい生活様式のモニターに選ばれた二人は、生活の全てを監視測定放映され……未来の風刺コメディのはずが、映画から数十年後の現在は似て非なる恐ろしさが……ともあれ、外で映画見られて幸福

ウィリアム・クラインの『モダン・カップル』は、複数の出演者が寄りの構図があって、彼が大都市の人々を撮った写真集を想起した。ファッション界を撮った映画では、フォトジェニックなショットもあったが、猥雑でパワフルな感じは控え目だった。クラインの写真集また見たい。エネルギーチャージしたい

 久しぶりに銀座のエルメスで映画を見た。コロナの影響か、銀座は人がとても少なかった。資生堂ギャラリーへ行ったら、予約をしないと入れないって言われてガッカリ。花椿だけでも欲しかったな。

 銀座の鳩居堂も久しぶり。デパートの狭いフロアではなく、お店にはいると和紙の匂いがするのがとても好きなんだ。ただ、消毒&マスクのせいかそこまで感じなかった。って、入り口近くがお香のコーナーになってたからその匂いがした。

 でも、棚に並んだ和紙の筒、一枚800~1200円位の、着物の柄のような上等で優雅な模様が並んでいるのを見ると、とても幸せだ。気軽にあれこれ買いたいけれど、そんな身分ではないので見るだけで我慢する。綺麗な物は世の中に山ほどあって、きりがないから。でも、今度行ったらいい加減一枚くらい買おうかな。その金で美術系の古本がかえる、なんて考えてしまう駄目な俺。

 『美しい和のガラス』読む。昭和等の昔のレトロな、日本で作られた日用雑貨の硝子を紹介。技巧をこらした硝子も好きだけど、古い日本製ガラスも素敵。当時誰もが使っていた醤油差しやソーダコップが、工芸品のよう。無駄をはぶき洗練されたデザインもいいけど、この路線の手頃な値段の硝子が欲しいな

植田正治作品集』見る。シュルレアリスム、ピクトリアリズムを感じさせるような作風。計算された美しい構図。しかしこれは絵画ではなく、写真だ。人の、被写体の持つ魅力を引き出している。少しダイアン・アーバスを思わせるような気もした。抜群に構図とセンスが良くて、写真の持つ偶然性も感じる

 彼の写真は知っていた、見ていたはずなのに、写真集でまとめて見てにわかファンになってしまった。図書館で借りたこの本、定価16000か18000だってよ! 買えるか! でも欲しい! 大きいし紙質いいし、その価値がある一冊。

 新しい小説を書いていて、自分の感受性、好きとか嫌いとか匂いとか欲望とか味とか不快感とか浮遊感違和感、自分、いや、登場人物が生きているって思えるあれやこれやに感応できるようでなくっちゃなって思う。その為には、自分がそれなりに前向きでけんこうでいなければ。

 現実を見たら希死念慮が揺籃だけど、そんなの馬鹿な話。美しいものを見て、美しいと言える状態でなくっちゃな。高い本が気軽に買えるように、高い値段が並んだ場所に行くことを臆さないように。俺はしょっちゅう気分が駄目になる。そのことをいつも責めていたけれど、できるだけ感受性を殺さないように。駄目な日もあるけれど、何かに触れて、小説書いていかなくっちゃな。